コーチングで悩みを解決!セルフコーチングを身に付けると、一生思いのままの人生を生きられるようになります。あなたの才能が目覚め、自分らしさ全開で、成功への道を歩み始めます。
京都市左京区一乗寺東浦町56 A-101
  1. ブログ【答えはあなたの中にある】
 

ブログ【答えはあなたの中にある】

2017/07/29 いいところばかり取ろうとすると・・  
今日も暑いですね

午前は掃除機かけまして、掃除機の部品まで洗いました

すこし気持ちがスッキリしました!

なんかまだ、すごく大掃除したい気持ちなのですが、美術館に出展するフェルトの作品を作っているところなので、それが終わってから一斉に大掃除したいかなと思っています

今日も午後から二件、クライアントさんとのセッションです


最近、色々なところで、「嫌なことを避けて、いいところばかり取ろうとしている方が世の中多いのかな〜」という風に感じています

気分の上がることばかり求めて、一時的な高揚感で満たされようとされてる方もいらっしゃるとお見受けします

気分の悪いことを避けて、楽しいこと、気分のよくなることばかり選ぼうとしても、人生に、気分の悪いことは、無くならないんですよね

むしろ、気分の悪いと思われる事柄の中に、大事なことが隠されていたり、気持ちに左右されるものでもない真実の素晴らしいものが隠されていたり、運というものもそういうものの中にこそ、あるのにな〜と思ってしまいます

いいところばかりを取ろうとするのではなく、嫌なことが、嫌なことと思わなくなるようすることが、実は可能なんです


例えばオーロラを観に行くことを想像してほしいのですが

オーロラを観るために、極寒の地に行くわけですね

髪の毛もまつ毛も凍るようなところに・・・

寒いのが嫌だから、と言ってたら、素晴らしいオーロラの景色は観れないんですよね

でも「寒いんだったらそんなの観なくていいもん」と思ってるかもしれません

それが本当の気持なのか?というところです

本当は観たいのに、言い訳にしていませんか?ということなんです



物事には必ず、両面あるんですね

コインだって、表もあれば裏もあります

嫌なことを避けている方は、その片面しか見ていないのではないか?というところです

先ほどの例でいえば、オーロラは、極寒の地というロケーションだからこそ、起こる現象なわけです

そう考えると、「寒いこと」=「嫌なこと」ではなくて「必要な条件にすぎなかった」と見えてくると思います

条件にすぎないのに、「嫌なこと」「いいこと」と振り分けてませんか?ということです

全体を客観的に見る視点が出来てくると、嫌だと感じることも少なくなっていきます

「嫌なこと」「いいこと」といい悪いで判断しなくなってくるんです

寒いことすら、楽しめるようになってくるんですね


もし「自分なんて、何もとりえがない、ダメな人間だ」と思ってらっしゃる方がいらっしゃいましたら、そう思ってしまうこと、根本からまず、違うのです

違うというのは、それが本来のあなたではない、ということです

そう思いこんでしまうような出来事が、過去にあって、そう思い込んだ方が都合がよかったから、これまではそうしてきた、ということにすぎないのです

嫌なことを避けようとする方は、ご自分の嫌な面からも目を逸らそうとしているはずです

ご自身の嫌な面も、見方を変えればいい面であり、長所でもあるはずなんです


「いい」「悪い」で判断してしまう方は、全てにおいて、その判断が適用されてきますので、他人にも当てはめてしまいます

そうすると、いろんなことがなかなか上手く行きづらくなってしまいます


まずは、そんな自分に気付き、自分自身と、本当に向き合おうとする方だけが変わって行けます


そんな、ご自分を変えたい方、人生をよくしていきたい方の、お手伝いをするのが、わたしのお仕事です

お一人ずつの、ありのままを承認していきますので、頑張ろうとして何者かになろうとしていた自分から、自分を知って自分を生かす、という方向でいいのだとわかると、肩の力が抜け、安心するんですね

その方のためだけに、時間を使って、マンツーマンでやっていくからこそ、結果が出ます

何故上手く行かないか分からなかった原因にも、気付いていけるんです







2017/07/28 流れを信頼する  
いま、わたしは少しぼーーっとしております

商工会議所の補助金が採択されることになった、と朝にご連絡をいただいたんですよね

不思議過ぎて、なにか、ぼーっとしちゃって、この半年くらいの流れを、ずーーっと感じたりしています


今、感じていることは、「何も恐れずに、流れを信頼するだけなんだな」ってことですね

補助金申請に至るまで、色々〜と大変なことが有りまして、ホットな話題過ぎて、いまは書くのがはばかられますので、いつか落ち着いた頃、書きたいと思いますが、ほんとうに不思議な事ばかりです


直観や、流れを信頼することは、すごく大事なんですよ

ですが、その前段階があるんです

こころの中の欲や、見栄や、損得などなど、あらゆる雑念を捨てていくことがまずはすごく大事ですね。。

わたし自身は偉そうに言えるほどまだまだ出来た人間ではないのですが、自分なりにこころのゴミを取る事だけは意識してやってきました

公務員を辞めようと決めたことも、自分という人間を生かしていきたい、という思いだけでした

経済的なことを考えたら、公務員を続けた方が、よほど楽なわけです

年収も結構いただいていたと思います

コーチになりたい、と思ったのは、わたし自身を活かせると思ったからであって、お金儲けをしようなんて思っていないんです

お金儲けしたいと思ったら、コーチングなんてやらない方がいいわけですしね

クライアントさんのこころを支えてあげるわけで、手間暇も時間もかかり、簡単なことではありません

でも、それこそがわたしの喜びであり、コーチングが楽しくて、クライアントさんの喜びが私の喜びでもあり、コーチングをしたくてしている、というのは胸を張って言えます

なので、どこか「こんなに純粋な思いでやっているわたしが、うまくいかないわけがないでしょう」と、なんとかなるという根拠のない自信があるんですね

コーチングも、世の中色々ありますが、マスターオブセルフコーチングはわたし自身が実際に受けて、自分自身が激変して、効果を実感しているからこそ、間違いがない、という自信もあります

また、神谷コーチも素晴らしいお方で、わたしのために、回数無制限で未だにコーチ養成講座をしてくださってます

売れるコーチになるまで、しっかり特訓してくださるそうです

だから、何も心配はいらなくて、やっぱり、流れを信頼するだけなんだな〜という風に、ぼわーっといままさに実感中です


昨夜はお布団に入ったのに、何故かすっくと立ち上がり、お酒を飲み始めました

なぜか4時まで飲んでました

朝に、「なんで昨夜迷いなく起きたんだろう」と不思議で仕方がなかったのです

いまとなってみると、おそらく、自分の中の何かがキャッチして、補助金採択の前祝いをしたかったんじゃないかなって思うんですね

約8年前に、コーチングを受けてから、第六感的な感覚も拓いちゃったんですね

なので、思うがままにするようにしています

思うがままにすると、とてもいい感じです

上手く行くように、損得考えて動くとか、一切しない感じです

流れに乗るってそんな感じです


第六感的なものは、どなたでも、こころの雑念を取り除いていくことで、感覚が磨かれていくものだと思います

実際、クライアントさんは皆さま、「ツイてる人」になっていきます



ずっとぼわーっとしてもいられませんので午後は動き出します

とにかく、流れを信頼して、焦らずに、皆様のお役にたてるよう精進しながら、自分の道を、道端の花も眺めながら楽しんで、歩んでいきたいと、改めて強く思いました

2017/07/27 他人に興味がない人  
毎日暑い日が続いています

紫陽花も見ごろが終わって、今はひまわりが綺麗に咲いています

写真は、近所の畑のひまわりを撮影させていただきました

小さくても可愛くて、やっぱり夏はこのお花が女王かなと思います


さて、今日は「他人に興味がない人」について、書いてみたいと思います

わたし自身は、人が好きで、他人に興味がある方です

人が好きでなかったらコーチのお仕事も、出来ていないと思いますが。。

コーチのお仕事を始めてから、「他人に興味がない人」って結構いらっしゃるんだな、ってことを実感しています


ご自分が他人に興味がないことを「ダメなこと」と思ってらっしゃる方もいらっしゃいます

でも、いいとか悪いとかではなく、単純に「他人に興味がない」だけなので、悪いことでもなんでもないと思うんですね

「他人に興味を持たないといけない」と思いこんでいるとしたら、まずはそこの認識を「他人に興味がなくてもいいんだ」と理解することからかなって思います


どんなことでもメリットデメリットはあるのですが、「他人に興味がない」ことについても、メリットとデメリットはありますね

ます、デメリットとしては、会話が続きにくいことが挙げられると思います

コミュニケーションが取りづらい、ということですね

相手に興味を持つからこそ、「それってどういうことだろう」と自然な質問が出てきて、会話は盛り上がっていくものですよね


他人に興味がない方は、例えば、その人に興味がなくても、話している物事に興味を持つことは出来ると思います

「それってどうなのかな?」「どういう風にしているんだろう」とか、質問することで、コミュニケーションは円滑になると思います

あとは、大事なのは、相槌ですね

相手に興味がなかったとしても、「聴いているよ」ということを示すために、「そうなんですね〜」「なるほどね〜」「はは〜ぁ」「すごいですね」「さすが〜」など、相槌を打つことで、相手は「聴いてもらっている」と安心します

コミュニケーションは、意識して、練習することで、能力を上げることができます


他人に興味がないことの、メリットももちろんありますね

他人に振り回されず、自己を保ちやすいという面はあると思います

相手に必要以上に入り込まないからこそ、自分の範疇にずかずか入ってこられることも、少ないはずです


例えば、わたしなんかは、人が好きなので、相手がどんな方でも、なんでも興味を持って聴いてしまうので、逆に異性には「気がある」と勘違いされやすいです

特に、人から興味を持たれにくい方なども、わたしはどなたでも同じように接しますので、勝手に「自分に気がある」と思われてしまったこともたびたびあります

友達なんかには「罪な女よのぉ」など揶揄されるのですが、わたしにはあまり自覚がないのです

勘違いされないような配慮は必要だと、だんだん気付いてきたわけなのですが、わたしのように、人好きな人も、デメリットはあるわけなんですよね



ですから、まずは、自分自身のタイプを知って、「いい悪い」で決めつけることなく、自分というものをまっすぐ認識し、尊重したうえで、さらに、人間関係を円滑にいかせるためにどうすればいいか、具体的に実践していくだけなのかな、って思います

ありのままの自分を知って、生かしていくことから、自分らしい人生が始まります

まずは自分を知ることです

自分を知ったうえで、自分を認めること、ここがスタート地点になります


自分を知ることは、他人を知ること、なんです

自分のことが分かってくると、他人のこと、世の中のことが、よーく理解出来てきます

内側の世界を広げていくことが、自分の目に見える現実世界を拡げることになるんですよね

これは深いことであり、真実です


わたしはもっとよりよく生きたいと望む方の内面充実のお手伝いをしたいです

わたしのコーチが、分かりやすい例えを話してくれました

「河で溺れているからと、溺れている人を勝手に助けても、だめなんです。河で溺れていて、自ら手を伸ばした人だけを、私達は助けられます」と。

やっぱり、人生に変化を起こすには、その方の意思、決断が、何より大切なんです






2017/07/27 他人に興味がない人  
毎日暑い日が続いています

紫陽花も見ごろが終わって、今はひまわりが綺麗に咲いています

写真は、近所の畑のひまわりを撮影させていただきました

小さくても可愛くて、やっぱり夏はこのお花が女王かなと思います


さて、今日は「他人に興味がない人」について、書いてみたいと思います

わたし自身は、人が好きで、他人に興味がある方です

人が好きでなかったらコーチのお仕事も、出来ていないと思いますが。。

コーチのお仕事を始めてから、「他人に興味がない人」って結構いらっしゃるんだな、ってことを実感しています


ご自分が他人に興味がないことを「ダメなこと」と思ってらっしゃる方もいらっしゃいます

でも、いいとか悪いとかではなく、単純に「他人に興味がない」だけなので、悪いことでもなんでもないと思うんですね

「他人に興味を持たないといけない」と思いこんでいるとしたら、まずはそこの認識を「他人に興味がなくてもいいんだ」と理解することからかなって思います


どんなことでもメリットデメリットはあるのですが、「他人に興味がない」ことについても、メリットとデメリットはありますね

ますでデメリットとしては、会話が続きにくいことが挙げられると思います

コミュニケーションが取りづらい、ということですね

相手に興味を持つからこそ、「それってどういうことだろう」と自然な質問が出てきて、会話は盛り上がっていくものですよね


他人に興味がない方は、例えば、その人に興味がなくても、話している物事に興味を持つことは出来ると思います

「それってどうなのかな?」「どういう風にしているんだろう」とか、質問することで、コミュニケーションは円滑になると思います

あとは、大事なのは、相槌ですね

相手に興味がなかったとしても、「聴いているよ」ということを示すために、「そうなんですね〜」「なるほどね〜」「はは〜ぁ」「すごいですね」「さすが〜」など、相槌を打つことで、相手は「聴いてもらっている」と安心します

コミュニケーションは、意識して、練習することで、能力を上げることができます


他人に興味がないことの、メリットももちろんありますね

他人に振り回されず、自己を保ちやすいという面はあると思います

相手に必要以上に入り込まないからこそ、自分の範疇にずかずか入ってこられることも、少ないはずです


例えば、わたしなんかは、人が好きなので、相手がどんな方でも、なんでも興味を持って聴いてしまうので、逆に異性には「気がある」と勘違いされやすいです

特に、人から興味を持たれにくい方なども、わたしはどなたでも同じように接しますので、勝手に「自分に気がある」と思われてしまったこともたびたびあります

友達なんかには「罪な女よのぉ」など揶揄されるのですが、わたしにはあまり自覚がないのです

勘違いされないような配慮は必要だと、だんだん気付いてきたわけなのですが、わたしのように、人好きな人も、デメリットはあるわけなんですよね



ですから、まずは、自分自身のタイプを知って、「いい悪い」で決めつけることなく、自分というものをまっすぐ認識し、尊重したうえで、さらに、人間関係を円滑にいかせるためにどうすればいいか、具体的に実践していくだけなのかな、って思います

ありのままの自分を知って、生かしていくことから、自分らしい人生が始まります

まずは自分を知ることです



自分を知ることは、他人を知ること、なんです

自分のことが分かってくると、他人のこと、世の中のことが、よーく理解出来てきます

内側の世界を広げていくことが、自分の目に見える現実世界を拡げることになるんですよね

これは深いことであり、真実です


わたしはもっとよりよく生きたいと望む方の内面充実のお手伝いをしたいです

わたしのコーチが、分かりやすい例えを話してくれました

「河で溺れているからと、溺れている人を勝手に助けても、だめなんです。河で溺れていて、自ら手を伸ばした人だけを、私達は助けられます」と。

やっぱり、人生に変化を起こすには、その方の意思、決断が、何より大切なんです






2017/07/24 ステージが変わる時  
梅雨が明けてから、逆にぐずぐずしたお天気が続いている気がしています

今日も曇りだったりして、時折パラパラにわか雨が降っております

もやっとした暑さはあるものの、カンカン照りではないのでまだ過ごしやすいですけどね

ゲリラ豪雨的に降ることが多いので、注意が必要です


実は最近、わたしに関することで、いろんなことが片付いてきています

この数か月間、いろいろとあったのですが、いろんなごたごたが、目に見えて綺麗になって来たようです

それと同時に、コーチングのスキルも、一皮むけたと言っていただいております

ここ数か月の経験から、自分自身のこころの気付いて、自分自身の見えている視野が広がってきてきたからこそ、コーチングでも見える視野が広がったらしいのです

そして、だからこそなのか、クライアントさんの効果もどんどん出始めています

わかりやすく、わたし自身のステージが変わった感じを実感しています


過去の経験上からも言えるのですが、ステージが変わる前って、何かしら、課題がやってきます

自分自身に気付くために必要な、課題がやってくるんです

その課題を逃げずに、避けずに、文句言わずに対処していると、解決に至ります

課題が来ている最中には、なにかよくわからなく、大変だと思っているのですが、自分の中に問題があるなんて気付いていないのです

自分の中の何かが問題になってるなんて、あることすら気付かないし、考えることなんて、気付いていないのですからもちろんしていないわけです

課題を乗り越えてみた時、はじめて「あぁ自分の中のこれが邪魔していたのだ」と、あとから気づくんです

そして、不思議と、特別何をしたわけでもないのに、面白いように人間関係が変わっていきます

近くにいた方たちが、去って行ったりします

リアルな人間関係だけではなく、SNSなどのバーチャルな人間関係でもそうなんです。。

ほんとうに、面白いものです


ステージが変わる時、また一つ成長できたことは喜ばしいことなのですが、今まで周りにいた方が去ってしまうと、寂しさを感じるものです

でも、必ず、別れがあれば出会いがあります

出て行った空きスペースには、必ず、誰かが入ってくるんです

それさえ信じられるのであれば、なにも怖くないし、心配はいらないんですね

わたし自身、そのことを思い出し、また新しい出会いがあるかな、という風にワクワクしております


ちなみに、物事、「出る」ことが先のようですよ

「出入り口」と言いますよね、「入出口」とは言いません

赤ちゃんも、生まれた瞬間、羊水を吐き出しながら「おぎゃー」と産声を上げるそうです

インプットより先にアウトプットなんです

これはコーチングにも通じます

自分の思いを吐き出すことが最初で、その後に、どんどんいい思いが入ってくる感じです


そして、行動するからこそ、結果が得られるんですよね

行動という形で、自分を提供することが最初、そして、結果という果実が得られます

何かしてほしいことがあるなら、してあげることを最初にするといいと思います

お金を出すにしても、何かを提供するにしても、言葉を掛けてあげるにしても、気持ちよく「出す」ことかもしれません

気持ちよく出すと、よりよいものが入ってきそうな気がします


ステージが変わる時、未だ見たことのない世界に、一歩足を踏み入れた感じがして、不安定な気持ちがするんですが、自分自身のためにも、クライアントさんのためにも、変化を恐れずに、一生精進していきたいです

2017/07/23 否定形の対極の思いは?  
なにげに今日も暑かったですね〜

曇りだったので、午前中はクーラーを掛けずに、窓全開だったのですが、午後はさすがに気温が上がってきまして、降参しました

夜になって幾分涼しくなり、また窓を開けましたが。。

30度過ぎても、もう、驚きもしなくなっちゃいましたね。。


今日は午前中からセッションでした

今日のクライアントさんは、すごく真面目で几帳面な方なので、「〜しなければいけない」に囚われてしまいやすく、先日、その思いに気付くに至りました

そこから、「〜しなければならない」を一生懸命やめようと、「「〜しなければいけない」をしないようにする」」と記入するシートに掛かれていました。

「しなければいけない」と考えがちな方は、「しなければいけない」を「やめなければいけない」というスパイラルに落ちがちなんですね

 

「いけない」の否定形にさらに「いけない」の否定形で、強めてしまうんです笑

 


実は、それはあまりいい方法ではないんです〜。。

といいますのも、「〜しなければいけない」を「してはいけない」、と禁止するために、「〜しなければいけない」物事を、逆に強く意識してしまうんですね

やめたいと思っているのに、意識して強化してしまうなんて、皮肉な話ですが、実際そうなんです

 


ではどうすればいいかといいますと〜。。

「〜しなければいけない」の、対極に位置する思いは「やりたいことをする、選べる」です


「不安になる癖をやめなければいけない」の対極は「自分がすぐに楽しめて、心地よいと思えることをする」です

「お金を貯金しないといけない」の対極は、「払う時、気持ちよく支払い、お金を払って得たことを楽しむ」です

「お金を得なければと焦ってしまう」の対極は「お金をあまり気にせず、余裕を持って日常を楽しむ」です

「自分はダメだと思ってしまう」の対極は「自分の出来ているところに目を向ける」です


否定形の思いの対極は、心地いいこと、気分良いこと、嬉しいこと、楽しいことをすることです


クライアントさんは、いい悪いで判断してしまうところにも気付かれ、「いい悪いで判断してしまっている」と、またさらにいい悪いでご自身を判断してしまっていらっしゃいました

でも、それも、どこまでも、考え方の癖がでてしまうだけなんですね

一歩ずつ意識してやっていけば、必ず乗り越えられるんです

意識することからです

意識すれば、必ず変わります

クライアントさんは、いい感じで変化してきていらっしゃるので、今後が益々楽しみです♪








2017/07/23 ほんとうの思いに気付く  
【Photo:京都市動物園にて】


今日も明日になってしまいました

日本語がおかしいですね笑

書きたいことを思いついたので、眠る前に書いてみます


例えば、男女間において、仲良くなってきたのに、何故かあと一歩踏み出せない、ってことは往々にしてあると思います

その時に「なんか嫌だな」とモヤモヤを感じるだけで終わってしまってはもったいないと思うんです


「なんか嫌だな」の奥に

「もっと仲良くなった先に、嫌われるのではないか」という恐れがある場合や

周りから「あんな人と付き合ってるの」と言われるのが嫌だなとか

「自分の隠し事がばれないか、不安で一歩前に進めない」だとか

「付き合うことは面倒くさいこと」と思ってる、とか

「他の女性にモテなくなるのではないか」・・・などなど、様々あると思います


そもそもの、原因を変えていかないと、同じことの繰り返しをしてしまう人生になっちゃいます

愛し、愛されたい、よりも、自分を守ることが優先になってしまってるのです

不安や恐れ、思い込みが、自分自身の歩みを、止めてしまうんですね。。

愛すること、愛されることという、素晴らしい経験が待っているのに、ですね。。。

実にもったいない。。とわたしは思ってしまいます


例えば親子関係で考えてみても、親に対しての浮かばれない思いがある方もいらっしゃると思います

「本音が言えない」とか・・

「すごくイライラしてしまって仕方がない」とか

「親の顔も見たくない」なんて思ってらっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんね。。


特に、お母さんとの関係というものは、人生において、影響が大きいですね

自分という者の土台を作ってきた中で、母親というものの関与なしでは語れませんからね


例えば「お母さんが嫌い」と思っている方がいらっしゃるとして・・

ほんとうの、ほんとうのその奥を知ることが大事です

本当は「愛されたい」という思いが、隠れていたりします

「母が憎い」と思っている場合も・・

実際は愛情の裏返しなんですね。。

愛されていない、という思いや、なぜあの時、わたしをこうしたの、などなど・・・

上げたらきりがないくらい、いろんな思いをお持ちの方がたくさんいらっしゃると思います

でも、こころの奥深くを探っていった先には、皆「お母さんにもっともっと愛されたかった」という思いに帰結するような気がします


そんな方、いらっしゃいましたら、ずっと、その思いを、持ち続けたまま生きていかれますか?とお聴きしたいです

それでいい、と決めてらっしゃるんでしたら、全然いいと思います


本当の思いに気付き、手放せば、同じことを繰り返してきた人生から、変わっていけるんですけどね

「そういう思いを持っているのが自分」とセルフイメージとして思い込んでいると、手放すことも怖いかもしれません

手放せば、ほんとうに楽、なんですけどね


ほとんどの方がもっともっと変われる方、なのですけれど、やっぱりその方が、突破する決心をしないことには、残念ながらわたしはなにもお手伝いできないんです

なので、ほんとうの自分に気付くことから、どうにかしたい、って思えることって、可能性の扉を開くことができる、素晴らしいことかな〜と思います


自分のことって、意外と、分かってるようで分かっていないんです

「自分はこうだ」と思っている自分だけでなく、奥深くの自分っていうのが、必ずいて、そこまで気付いてらっしゃらない方がほとんどだと思います

奥深くにある思いまで気付いて、変わっていったとき、素晴らしい体験が待っているんですけどね〜


書きたいこと書いたので、すこしスッキリです

そろそろ寝ますZzz おやすみなさい



2017/07/22 裁くものは裁かれる  
【Photo:五条河原町で撮影。話題がえぐいので、可愛いお花を選んでUPしました笑】

梅雨も明けて、朝から暑い京都です

さきほど洗濯物を干すのでベランダに出ましたが、ものすごい暑さです

わたしは自宅が事務所となっておりますので、最近は朝からクーラーをかけっぱなしです

暑いと全く仕事をする気が起きなくなるんですよね

 


裁くものは裁かれる、という言葉を、ここのところ実感させていただいております


そのお一人として松居一代さんが筆頭に上がりますが、私の中ではもはやこの方は病気に近いんかなっていう風に感じております

自分をかえりみずに、絶対的な正義感のもと、相手を攻撃し続ける、あの感じは、幼少期や家庭環境によほどなにか強烈な刷り込みがあったとしか思えません

無抵抗な相手を一方的に攻撃し続けていたのですから、裁判沙汰にされるのも、当然の結果かなというふうにわたしは見ております

そのくらいに相手に対し、圧力をかけていたわけですからね。。


相手が悪い、と決めつけたら、何をしてもいいわけじゃないんですよね

自分の視点から見て相手が悪かったら、何をしてもいい、という風になってしまう方は、意外と多いのかもしれません。。

松居さんの場合は、客観的視点が全く欠落していると思われるのです

こういっては申し訳ないですが、あんな風に、他人を攻撃する人が、今後、人生よくなっていくことはかなり難しいと思われますので、どのように落ちて行ってしまうのか、傍観している感じですね。。

何より、息子さんが一番可哀想です


また、上西小百合議員が、「浦和酷い負けかた。親善試合は遊びなのかな」とツイッターで発言、炎上させ、殺害予告までに発展したというニュースを聴きました

立場をわきまえない安易な発言がたびたび問題となっている女史ですね

分かりやすく、サポーターの気持ちを逆なでしており、サポーターが受けた精神的苦痛が、殺害予告に匹敵する、というだけの話だと思うんですね

殺害予告をされて云々と警察に被害届出す前に、自身の在り方について、よくよく振り返っていただきたいものです

また、その程度の人を議員に選出している、我々市民も、わが身を振り返る必要があるのかもしれません


女性が社会進出を果たし、台頭してくるのは同性として喜ばしいことですが、パワハラ豊田真由子様しかり、前述の女性たちしかりで、品性を疑うと言いますか、がっかりさせられることばかりですね

女性が皆、彼女たちと同じようなもの、と思われるのも、甚だ心外です

不用意な発言など、女性に限ったことでもなく、近年の政治的腐敗は、政治不信というより、むしろ仕組みそのものから考えなければいけないのではないかというふうにわたし自身は感じております



裁くものは裁かれるのです

意外と、日常でもやってしまっているものです

人のふり見てわがふり直せです


松居さんや上西さんをみて、あの人はだめだけど、自分はよい、ということにはならないのです

裁いている時点で、あの方々と一緒です

わたし自身、肝に銘じていきたいと思います





2017/07/20 周りと比べてしまう時  
もう昨日になってしまいましたが。。今日20日は何か頭が痛くて夕方寝たりしていました

昼食べるのがテキトウだったり、夜中3時まで起きていたり、昨日は生活が良くない感じだったからかなと自己分析しています

来年2月に開催される、美術館出展のためのフェルト作品について、プランニングしていることも頭の痛い要因の一つかもしれません

チャレンジすることは自分の幅を広げること、と頭では分かっているのですが・・怖いし、ためらいはあるし、どうしよう〜。。って思っちゃってるんですよね

期日までに作り上げなければ、と考えるからしんどいのであって、最悪、来年1月くらいまで、提出する時間はあるから大丈夫、と考えなおすようにし、こころに余裕を持つようにしたいと思っています


今日は、どうしても、周りと比べてしまったりして、自己嫌悪になり、辛い方のために書いてみたいと思います

自分という者を分かるためには、周りと比べてみる、ということも必要で、大事なんですよね

他人がいて自分が分かりますので。。他人がいなかったら、自分自身の輪郭、個性って見えませんね

ただ、そこで、比較するだけではなくて、自分は出来ていないとか、劣っている、と自己否定的な思いを感じ、自己卑下してしまうから、しんどくなるんだと思います

なので、周りと比較してしまって辛いのは、自分を認められていないから、なんですよね

自分を認められていれば、他人と比較しても仕方のないことだと、すぐに気持ちが切り換えられるはずなんです

自分と同じ人間なんてこの世にいないのですし、だからこそ、大切な存在であり、その方らしさはその方が持っているものがあるからこそ、なんですよね

比べてしまう自分を変えたい、と思われるのなら、まずは、そんな、自己否定してしまう自分に気付くことから、なんですね

自分の長所を見つけられているかどうか、ということ

短所ですらひるがえれば長所になるということなんですね


一つ言えることは、周りと比べてしまっている時、その相手の、いい部分、一部分しか見ていない、ということですね

その裏にある、大変さだったり、そのよく見えること以外の部分は、全く見えてないんですよね

相手にいいな〜と思えることが、見えていない部分含めて全体をひっくるめた時に、果たして本当にあなたにとっていいことなのかどうか?ということはあると思います


あとは、比較してもどうしようもない事で比較してしまうこともあると思います

容姿とか、体型とかで比較することが、まずよくあることですね

でも、憧れるあの人と、遺伝子が全く違うわけですし、比較してもどうしようもないものですよね

綺麗さだって、ひとそれぞれ、好みはあるし、例えば誰が見ても美人という方は、逆に言うと個性に欠けてるということだろうと思うんですね

魅力って、欠けているものに感じるものですし、ですから、容姿の美醜だけでははかれないものもいっぱいあると、わたしは思いますよ

これは、自分を励ますための言葉かもしれませんけどね 笑

自分らしさを磨いていけば、必ず、輝いていきます


他人を見て比較してしまう時は、実は自分自身のこころを見るチャンスなのです

でも、実際は、モヤモヤを感じて終わってしまったり、自己卑下して終わってしまってる方が非常に多いのかな、と思います

比較してしまうことに気付いたとき、自己卑下があるだとか、これが欲しい、そうなりたい、と思ってるんだな、と自分自身の内側に返すことができるなら、向上していけるはずです

自分がどうするか、自分がどうありたいか、感じ、行動することでしか、自分自身は変わっていきません

なので、比較してしまったときは、こころを内観すると言いますか、感じたことから、いつでも「自分はどうしたいんだろう」とその先まで感じてみることですね

モヤモヤの気持ちだけで終わらせないことです

自分を認められていないな、と気づいたら、認められるようになれるよう、努力してやってみるとか、いいなと思える人に近づくために、どうしていけばいいんだろう?と考え、行動することですね


自分を客観的に見れれば、みんな同じ人間で、いいところもあれば悪いところもある、と気付けるのですが、それがなかなか難しいわけなんです

客観的に見たら、自己卑下する方も、他の方から見たら羨ましいと思われるところはいっぱいあると思います

自分を客観的に見る、ということは、セルフコーチングが身に付いてくると可能になってきます


なかなか、一人で考えたり、行動を変えたりすることは難しいと思います

私も経験がありますが、自分で自分を変えることももちろんできますけど、なかなか大変です

比較するこころ、そのものから変えたい時、マスターオブセルフコーチングなら、短期間で効果的に変化を起こせます

コーチが客観的にその方ご自身を映し出す鏡になるから、なんですね

生きてきた年数と同じくらい、長いこと、自分と付き合ってきていますので、考え方、行動パターンっていうのは、もう染みついていて、なかなか自分一人で変わることは難しいですね

コーチは、客観的に、歪ませずにその方を映し出し、私情などを挟まずに、いつでもその方の絶対的な味方である存在だからこそ、自分で気付くことが出来、自分で変化することが可能となってきます

自分で気付くからこそ、本当に変わっていけるんです


自分が変わると見える世界、起こる出来事が変わります

生きてることって素晴らしいって思える方を増やすお手伝いを、わたしはしていきたいんですよね

マスターオブセルフコーチングは、わたしが出会ってよかった、とこころから思っているコーチングなので、必要な方に届いたらいいなと思っています

比較する心の根本原因である、自信のなさ、自己否定感から変わってゆけるので、あらゆることを解決する、全てにおいての解決法なんですよね〜

2017/07/18 知識が邪魔をする  
今日は雨が強く降ったり、やんだり、安定しないお天気の京都です

夕方になり、すっごく眠くて仕方がないのですが、夕飯前のこの時間を使って書いてみたいと思います


先日、私のコーチとのいろんな話から「学び過ぎると邪魔になっちゃいますよね〜」という話になりました

どういう事かといいますと、例えば、自己啓発本とか、スピリチュアル的な本の中に「エゴをなくしましょう」というような言葉が書いてあったりします

自己啓発本やスピリチュアルを学ぶような方は、向上心がある方が多いと思うので、いろいろと学んでいらっしゃると思うのですが、それがですね、かえって邪魔をするようなんですね〜笑

セッションしていると、予備知識ない方のほうが、メンタル的な上がり方が早かったりするんです


なぜか?と考えてみますと、これはわたしの勝手な想像ですが、おそらく、その言葉、ワードに囚われてしまうんじゃないかと思うんですね

例で言うと「エゴをなくさなきゃいけない」という囚われがですね、素直な気持ちを阻害するんだろうと思うんです〜

でも、「エゴ」って何か?って話なんです

エゴっていうものは、自分という者が自分でいるためにものすごく必要なものですが、ただ単に、他者との関係性のなかでの使い分けの仕方によって、抑えるべき時がある、というだけなんだと思うんですね

そのことを、本だけで理解しようとすると、エゴを持つこと、それ自体がいけないことと、なにか勘違いしてしまいがちなんですよね

わたし自身も経験があるところです


こころって、目に見えないものなので、コーチングでは、気付いて、実践して、体感して、感覚的に理解していく感じ、なんですね

そうやって、こころの置き所といいますか、在り方を覚えていっていただきます

なので、こころに関する知識というのは、ただ単に「言葉、ワードを知っている」にすぎないんだと思うんですね

そして、その言葉からの実感がない、もしくは誤解して受け止めてしまっているだけにとどまっていると、全く意味をなさないどころか、邪魔でしかないんじゃないかなと思うんです


人間、姿カタチも、趣味嗜好も、体質も、いろいろあるように、こころも、みんなみんな違ってるんですよね

ある程度の共通することはあっても、細部にわたってみていくと人それぞれ、十人十色、千差万別、誰一人として同じ人なんて居ないわけです

家庭環境も、経験も、みーーーーんなみんな、違いますからね。。

だからこそ、マンツーマンのコーチングが非常に機能してきます

こころの感覚を手取り足取り、ご一緒にやっていく感じです


今より向上するために、変わるために、大切なことは「知識」を入れるのではなくて、「思いの吐き出し」「自分の棚卸」です

インプットではなく、とにかく徹底的なアウトプットです

「自分自身を知る」ということが、全ての解決法なのです

はい、全ての、なんです

自分を知ることは・・・そのくらい、深〜〜いんです


コーチングで、当たり前すぎて見えていなかった自分自身が見えてくると、驚くほど変わってきます

無意識が顕在化して意識するレベルに変わると、自然と行動が変わるのです

なので、クライアントの皆さんは、変わり方が自然すぎて、以前から「出来ていた」と勘違いなさるのですが、以前は明らかに出来ていなかったことなのです笑

セッションの中で、「以前はこうおっしゃってましたよ〜」なんて、コーチングをはじめたばかりの頃の状況をお話すると、皆さん「あれ??そういえば・・そうかも」なんて仰います

どのくらい変わって来たか、現在地点を知ることも、コーチングを進めていくにあたっては、ものすごく大切になってきます

「自分が変わる」ということは、「他人に変えられる」のと違って、自発的なので、無理がなく、自分で自然に出来てるような感覚になるのですが、それは、コーチングをしているからこそ、なのです

本やセミナーなど知識として得ることと、コーチングは、対極に位置するくらい全く違いますね〜


新入社員などでも、変に知識や経験があると、生意気で、言うこと聞かなくて、覚えが悪い、なんて、聞いたことがあります

逆に、変に知識がない方が、素直に覚えてくれて、すごく扱いやすいって、仰ってた経営者がいらっしゃいました


そう考えると、知識があってもなくても、素直かどうか、が、最終的に大事なのかもしれないなぁ〜と思いました




2017/07/16 いい思い、善きことが全てを包む  
今日は午前中からクライアントさんとのセッションでした

クライアントさんは、とてもまじめで、几帳面な方なので、一生懸命みっちりやってくださってます

お昼過ぎまで、お互い懸命に、セッションに取り組みました

変わるために必死で頑張ってらっしゃるので、わたしの方も必死です

不安や恐れを感じやすいクライアントさんであり、真面目な方だけに、あらゆることに「〜しなければならない」思いが強く、変わりたい思いも強くて執着になってしまったりしているので、こころの感覚といいますか、新たに取り入れる感じ方のセンスを、いま、実践していただいている最中です

一時、少し落ちてしまったのですが、それも意味があって、一度落ちたからこそ新たにコーチのわたしとの信頼関係など一から構築でき、より強固な信頼関係が出来、どんどんどんどん変わり始めていらっしゃいます


今日は、「「〜しなくてはいけない」を「直さなくてはいけない」とこれまた「〜しなくてはいけない」のスパイラルに入っていませんか?」と、セッションでお話ししました

変わりたい思いが強くて、「変わらなくてはならない」になってしまいがちなんですね


そこで、「「〜しなくてはいけない」を直そう、とするよりは、自分が出来ていることに目を向け、実感し、噛み締めながら、さらに、心地いいこと、嬉しい、楽しい、いい気分でいること、今何をしたいのか、自分はどうしたいのか?に着目し、意識していくことが、結果的に「〜しなくてはいけない」がなくなっていくことに繋がっていきますよ〜」ってことをお話ししました

ダメなところを直そう、直そう、とすることで、ダメなところに意識がいってしまい、「ダメ」を強化してしまうんですね

そのことを、できないことこそが、自分の個性であるのに、「できないことがダメ」と思ってしまうと、自分の個性を否定することになり、自分以外の何者かになる方向で、無理な努力をする形になってしまうんですね

それで、結局、出来なかったときに、さらに「自分はダメだ」という自己否定を強める形になってしまいます


日本の教育では、「テストで間違ったところを出来るようにしましょう」といったように、100点のうち80点出来ていても、出来なかった20点をいかになくしていくか、いかに20点が出来るようになるか、ダメをなくす教育方針なんですね

その日本の教育の弊害が、こころの教育にも表れてまして、ダメなところを見る癖がついている方が日本人には非常に多いです


大切なことは、ダメなところを直そうとする、のではなくて、出来ていることをまずは実感すること、なんですね

出来ている、という自信から、さらに自信をつけていく、という方向の方が、結果的に20点の部分も穴埋めできるようになるんですね

何故かというと、減点になった20点の部分こそが、自分の個性の裏返しだからです


個人レベルでも、そうなんですから。。。

わたしは【そうか】、と気付きました


世の中にも、様々な、嫌なことが溢れています

動物虐待のシーンが画像で流れていたり、親が子を虐待する例もよくありますし、あとはいじめ、いじめは大人でもありますね

ニュースなどでも、政治不信になるようなことや、芸能人でも夫婦間で勝手にやってたら?といいたくなるようなことも、妻が一方的にネタばらししたり、モンスター化していたりと、なにかと世の中見渡せば、不穏な気持ちになることばかりです

それらが無くなってほしいという気持ちはありますが、それらに意識を注ぐのは、逆効果だと思いました


それらがある事実は知っておきながら、今自分がやれること、目の前の人にやさしくすることだったり、もし結婚しているなら、家族仲良くいられるように愛情を注ぐとか、そういうことが、結果的に世の中での嫌な出来事が少なくなって行ける事に繋がるのだろうと、改めて気づいたんですね

例えば、虐待を受けているお子さんがいるとして、その家庭に割り込んで、虐待をやめさせる、のではなく・・

そのお子さんのこころが少しでも楽になる言葉かけだったり、優しくしてあげることだったり、虐待してる親御さんに差し入れしてあげたりして、少しでも心をいやしてあげることなのかな〜って思ったんです


その問題に直接的に関与するっていうのは、専門機関に任せればいいことであって、部外者が出来ることは、まずは自分が心地よくあること、そして縁ある周りの方々に、優しさ、愛情を配ること、それしかできないのかなって思うんです

悪と共生する意識といいますか・・・

悪を「悪」と決めつけて、駆逐しようとするのではなく、悪を「悪」とはしないで、見守る感じですかね。。


結局、がん患者の例でいえば

がんになってしまって、がんをなくそうと、抗がん剤打ったり、がんをなくそうとする方よりは

樹木希林さんのように、がんがあっても、いきいき長く生きていらっしゃる方がいらっしゃる事実は、、、

日々の暮らしの中で、自由に、気持ちよく暮らし、いい思いを大事にしているから、健康ないい細胞がイキイキして、命を支えてるんじゃないかって、わたしは感じてるんですね

生きがいをもったり、健康的で美味しいご飯を頂いたり、笑って過ごしたりすることが、なによりの特効薬なのかなって思うんです

 

自分にも人にも、世の中にも「北風と太陽」の「太陽」の在り方が、一番、皆が笑顔になるのかもしれませんね

 

改めて、私はそう思いました

 


2017/07/15 私は私でいいのだ  
「フッと思った

私は私でいいのだ

気負わずにありのままに。。

そうだ、それでいいのだ」


これは先日、クライアントさんが書かれていた生の言葉です

この言葉は、簡単なようでいて、実はとてもとても、深〜〜〜いです

こころの底から変わってきたことがよーくわかります


私は私でいいのだ、と思えはじめた時、見える世界の転換が起こりだします

「ダメな自分」という思い込みから解放され、「こうしなければいけない」という数々の呪縛や、「上手く行くようにしたい」という気負い、囚われ、焦りからの解放・・

どんな自分でもOKが出せるようになると、肩の力を抜いて生きられるのです

肩の力が抜け、リラックスしているのに、頑張ろうと必死になっていた時と比べ物にならないほど上手く行き始めます


多くの方が「自分以外の何者かになろう」と、目指しているのです

「自分以外の何者かになろう」とするのは、どこか今の自分がダメだと思っているのです

まだまだダメだ、もっともっと頑張らないといけない、と自分が自分のお尻を叩いているのです

でも・・・

そもそも「自分はダメだ」と思っていることこそが間違っているのです


まずは自分を認めることからです

自分はどんな人間なのか、深く深く掘り下げていくことからです

上手く行きたい、成功したい、幸せになりたい、と多くの方が思っていると思います

一番大切なことは「究極の自分になる」ことです

究極の自分になると、自分自身を生きることに成功します

まずはそれだけで幸せになります

そうなると、現実面でも、いわゆる一般的に言われる「成功」に向かい始めます


成功したいとき、はじめる順番があるのです

まずは「わたしから」です

自分にとっての「成功」とはなにか?

そこも一般的価値観の刷り込み、思い込みの場合が多いですので、そのあたりも深く探っていきます


とにかく自分が、ありのまま、そのままでいていいのだ、と分かりはじめると、とても楽で、安堵感に包まれます

とことん自分らしくあろうとすることで、自分の思い、感情、自分の選択、全部をひとつずつ、大事に、大切にし始めます

自分自身を大切にできるようになってくると、自分と関わってくれる全ての方も大切にしようと思えるようになります

自分が大切な存在だからこそ、自分と接する方もみんな自分に関わってくるので、大切なのだと気付き始めるからです

全てのスタートは、まずは【じぶんをたいせつにすることから】です


どんな方でも、望めば、望むほど、自分らしく上手く行くように変われます

そう決意できること、そしてご自身の思いがめちゃくちゃ大事です

決意いただけるのであれば、あとはわたくしコーチが誠心誠意お手伝いさせていただきます


このクライアントさんは、こころの底からのモティベーションが起きてきていると感じます

全てが上手く周るようになる段階に入りはじめましたので、クライアントさんのこれから先がますます楽しみです♪



2017/07/13 北風と太陽  
【Photo:紫陽花ももう見納めですね】

今朝の京都は穏やかな日差しです

外は蒸し暑いですけどね

梅雨明けも間もなく、でしょうか

九州南部が梅雨明けだそうです


今朝ネットを見てましたら面白い記事がありました

タクシー運転手さんから金を脅し取ろうとした男が、その運転手さんから恐喝などやめるよう、ステーキを奢られ、諭されているうちに、人情に心打たれ、改心して自首する気になって出頭した、というものです


記事によると、金をだまし取ろうとした男は、宮城県出身で、東日本大震災で交際相手を亡くしていたそうです

「簡単に命が失われるなら、その場しのぎで生きてもいい」と生き方を変えたそうで・・

事件時の所持金は数十円、故郷の宮城に帰るために事件に及んでいたそうです

それにしても素晴らしい対応をされたのが、タクシーの運転手さん

「悪いことをしてるのがわかるか」と諭し、近くのレストランでチキンステーキなどを奢り、警察に通報はしなかったそう

身の上話を聴いているうちに男の境遇を知り、かわいそうになったのだとか

恐喝事件であり、運転手さんは大変な目に遭われたのに、なんて素晴らしいストーリー展開だろう!と思いました


わたし自身も東日本大震災を経験しておりますので、その壮絶さは肌で実感しています

沢山の方が被害に遭われ、お亡くなりになりましたので、その男が交際相手を亡くした、という悲しい出来事から、自暴自棄になってしまったのも、同情の余地はあります

ただ、何をして生きてもいいのだ、ということはなくて、悪い方向に考え方が転換されたことは非常に残念なことです

やっぱり、悲しい思いをしたのは自分だけではないわけですし、みんなみんな、辛さを抱えながら懸命に生きているのですから。。

 

その男は、きっと、家庭的にも恵まれておらず、交際相手がいてくれることだけが生きがいだったのかもしれませんけどね・・

 

そう、自暴自棄な考え方をしてしまう彼も、被害者なのですね・・

 

 

タクシー運転手さんにはほんとうに大拍手です

 

恐喝されている怖さ、というものを越えて、自分に恐喝してきている男に喝を入れるなんて、そうそうできないと思います

 

まして、そんな男にステーキを奢るなんて、なかなかできないことだと思います

 

本当に人情味あふれる優しい運転手さんなのだろうと思います

 

素晴らしいお方です

 

運転手さんの優しさが、男の素直さを引き出してあげたんですね

 

 

この事件から「北風と太陽」の話を思い出しました

 

旅人の上着を脱がせようと、北風と太陽が競争したお話です

 

北風はびゅーびゅーと力ずくで旅人の上着を脱がそうとします

 

一方の太陽は、暖かな日差しを降り注がせて、旅人が自ら上着を脱いで、勝利です

 

 

人間は、他のものから変えられようとすると、抵抗するんですね

 

でも、自らが変わろう、と思い、決意した時に、必ず変わります

 

「北風と太陽」の話は、そんなことを教えてくれています

 

 

男に、こころ変わりさせるきっかけを作ってあげられた運転手さんは、男の「人生の恩人」だろうと思うんです

 

人が変わるためには、温かい気持ち、優しさで見守ってあげることが何より大事です

 

お母さんのように、慈愛に満ち、子供に裏切られても裏切られても信じぬく、温かい眼差しでいつまでも見守る、そんな方がいてくれるから、人は変わっていけるのです

 

お子さんに悩んでらっしゃるお母さん達にも、ぜひ、温かい眼差しで我が子を信じぬく強さを持ってもらいたいな、と思います

 

わたし自身もライフコーチとして、お母さんのようにいつでもいつまでも、温かい眼差しでクライアントさん達を見守りたいなって思いました

 

実はわたしは将来、少年院に入るような青少年のこころのサポートもしていけたらいいなと思っているんです

 

その夢の実現のためにも、まずは一歩ずつ、やれることをやっていきたいと考えています

 

コーチとして腕をあげて、沢山の方のお役にたてたら、最高です

 

 

事件の男には、自分を救ってくれるきっかけを作ってくれた運転手さんに、感謝の気持ちが持てるようになって、本当の意味で更生して、強く生きて行ってほしい、と切に願います

 

タクシー運転手さんのようなこころ優しい方が、世の中に増えたら、もっと世の中がよくなっていくのだろうと思いましたし、わたし自身もそうなっていけるよう、まずは自分自身が心豊かに生きていきたいって、そう思いました







2017/07/11 マイナス感情の大切な役割  
朝から蒸し暑い京都です

クーラーを掛けないで我慢してみたりしてたのですが、暑すぎて、全くやる気が起きなくなります

ちゃきちゃきお仕事ができる環境づくりも大事かな〜、と、そんな無駄な我慢はやめて、今日は朝からクーラーをかけています

とっても快適です♪

ちょっとのお出かけ時もつけっぱなしの方が、電力量は掛からないそうなので、我が家はつけっぱなしです

逆に一旦止めて再運転の方が電気代掛かるうえ冷えるまで時間がかかってよくないんだそうですよ


最近、TVで「高所平気症」についてはじめて知りました

小さいお子さんが、高いところに対し、全く怖さを感じないために、マンションの手すりによじ登ったりして、転落するような事故が増えているそうです

なぜ、そういうお子さんが増えているのか・・

やはり、「高いところは危ないもの」という親御さんの教育が欠かせないものなのかもしれませんね〜。。

すこしだけ高いところから落ちて、「痛い」「すりむけて血が出る」などといった経験も、とても大切なことなのかもしれませんね

なので、ジャングルジムや滑り台などで、怖さを体験することも大事なんでしょうね〜

危ないことを、親が先回りして何もさせない、というのは、お子さんの学ぶ機会を損失させているようですね

それは子育てにおいて、全てのことに言えることかもしれません


高いところは危険、落ちたら怪我をする、危ない、と、恐怖を感じることって、【危険予知能力】なんですよね

恐怖や不安、心配などと言ったマイナスな感情は、実は、自分を守ってくれるものであり、【自己防衛本能】、【危険回避能力】なんです

なのでとても大切なもの、なくてはならないものなんです


マイナス感情も大切な意味があって、大事なもの、なのですが、マイナス感情を感じると、嫌な気持ちになるので、多くの方が、感じないようにしたり、押し込めたりしてしまいます

ですが、感じないようにしたり、押し込めたりするのは逆効果です

マイナスな感情も「必要なこと」と理解すること、そして大事なことは、マイナス感情との付き合い方、向き合い方、なんですね


特に、何か新しいことをしようとしたり、未知の世界に入ろうとするときには、恐怖、不安、心配のようなマイナス感情が自分に邪魔をすることになります

わたし自身の例でいいますと、来年2月に開催される上野の森美術館の出展のための作品制作を始めなくてはいけないのですが、やったことないことをしようとしているものですから、正直、とっても怖いんです

お金もすでにかなり掛けていますから、「失敗したくない」という思いや「ちゃんと思った通り出来るかな」という不安が出てきます

また、フェルトもしっかりならったことがなく、独学でやってきたものですから「経験の多い先輩方から見たら、どう思われるのだろう」など、あらゆるマイナス感情が出てきています


そんな時は、まずは、「自分がやりたくてやっている」という自覚を持つことだと思うんです

やっぱり、自分がやりたくて、「やろう」と決めたことですから、「今の自分にできることを精いっぱいやるだけ」なんですよね

不安や恐怖に打ち勝つ!とか戦う!とか、もしくは逆に、不安や恐怖を感じないようする、のではなくて、

ただただ「本当にやりたいのか?」というところだけだと思うんです

本心からの「やりたい」という思いであれば、もうやるしかないんです


どんなことでも、結果なんて、誰も分からないですし、結果ばかりを求めていると、なにもできなくなってしまうんですよね

自分がやりたくてやってるのですから、やりたいことをやれているだけで、OKなんです

その上で、結果がよかったらもっといいかもしれないけれど、そんなのはおまけです

やってみて初めて分かる、「経験」というものが、なによりの財産となります

不安や疑い、恐怖は、行動していくことで消えていきます


・・・とえらそうに書いているのですが、取り掛かり始めていないので怖いんですよ笑


なにか悩んでらっしゃる方がいらっしゃいましたら、こんなわたしだからこそ、お役にたてると思います

それは、わたし自身も、こんなちょっとした不安や、人間関係、仕事のこと、結婚生活、子育て、自己表現できない、、、など、あらゆることに悩んで、苦しんで、クリアしてきたからこそ、その経験が、悩んでる方のお役にたてると思っています

こころの置き所の感覚を一歩ずつ掴んできて、クリアしてきた今は、だんだんと生きやすくなり、とっても幸せを感じて暮らしています

新たな事にチャレンジし、日々、色々とありながらも、楽しく暮らしています


こころの中がわかってくればくるほど、本当に生きやすく、うまくいくようになってきますので、一生成長し、一生学んでいれば、自分自身をもっともっと大きくしていけます

後悔したり、罪悪感を持ったりして自分いじめをするのではなく、自分自身に向き合って、どうしていけばよいか、一番の理解者である自分が、自分自身と相談しながら生きていける「セルフコーチング」が身に付きますので、一生、上昇気流で行けます


ますます悩んでいる方のお役に立てるようになりたいと思って、いま、現在進行形で自分自身の経験、実体験を増やしているところです笑

セルフコーチングの素晴らしさを、多くの方に知っていただいて、「コーチングと出会ってよかった!」「コーチと出会えてよかった!」と言っていただきたいです

そう言っていただける方が増えるよう、わたし自身、ますます経験値を増やし、頑張っていきたいと思います








2017/07/09 正義感が自分を苦しめる  
【Photo:先日貴船で咲いていたので撮影しました。可愛いオレンジ色ですね】


雨は降ってはいませんが梅雨らしいお天気の京都です

今日は正義感について、書いてみたいと思います


何を隠そう、お恥ずかしながら、わたし自身、以前はすごく正義感が強かったと思います

小学生の頃、髪の毛がちりちりの女子がいて、男子にからかわれていたときに、その男子たちのところにズカズカ行って、その子の代わりに文句を言ってやったりとか

職に就いた後も、宿泊の初任者研修の時に、女子の部屋に入ってきた男子に対して、はっきり言いたいことを言ったりして、女子に拍手喝采を浴びたりしていました

でも、その男子は、男子たちにからかわれて、「女の部屋に行って来い」と命令されてのことだったようなので、冷静になってあとから考えれば、彼も被害者なんですよね

その視点が全く欠けていましたね


正義感が強い方って、基本的に真面目なんですよね

ある程度の正義感、というか、自分にとっての正しさとか、自分が何をよしとするかは、必要だろうと思います

ただ、正義感っていうのを自分以外のものにあてはめた時に、それはあくまで「自分のモノの見方」にすぎず、よそから見たら他人の考え、なだけなんですよね

いい悪い、っていうのは、どこをどう見るかによって、人によって違いますし、あまりにももちすぎると、人と衝突することになると思います

なので正義感が強いと、なにかと障害になりますね



自分自身にとっても、いい悪いの二極思考だと、「こうあるべき」が強くて、しんどくなると思います

他人を見てイライラしたり、「何故こうできないんだろう」と思ってしまうのは、無意識に【自分の正しさ】を相手にあてはめてしまうからですね

いい悪いの視点で見ても、相手は変わるわけではないし、自分のこころがしんどくて、苦しいだけなんですよね

誰かが自分を苦しめているわけでもなく、自分がもっているもので、自分を苦しめているのです

その一つとして、正義感があると思います

持っているものは、全て捨てる必要もなくて、ただ、緩めればいいんだと思うんです



人はみんな、自分の都合で生きています

みんな、自分の視点から見たら、自分の正しさで生きてるんですね

世の中、いろんな人がいて、いろんな考え方がありますので、とことんそのことを理解することでしょうか

自分の正しさを持ちすぎると、それに合わない人はみんな敵に見えてしまいます

そんな自分の敵、自分の気に合わない人を変えようとしたって、本当に大変な思いをするし、変えられるわけでもないですから、全くの労力の無駄です

無意味ですね

一生、そんな辛い生き方をしていきたいですか?って話なんです


それよりも、自分自身のモノの見方、感じ方を変えることで、すぐに幸せになれます

あまりにも「こうでなければならない」が強すぎると、生きづらいです

変えられるものと変えられないものとを見極め、その人やものに合った適度な距離感をつかみ、自分の正しさを持ちすぎないことが、楽に気楽に生きるコツです

正しさは、自分の中だけに照らし合わせて生きればいいですし、いろんな人、いろんな考え方、いろんな状況を分かってあげて、柔軟に対処しながら、自分は自分として、周りに惑わされずに決め、生きていける

それこそが、しなやかで強い、自分軸の持ち主だと思うんですね



2017/07/07 しなければいけない症候群  
京都は先ほどから通り雨のようなお天気で、いきなり強い雨が降っていました

いまは、少し降ってはいますが、晴れ間も見えてきています

午前中は貴船神社まで行ってきまして、強力な気のエネルギーをいただいてきました

眼には見えないですが、気のエネルギーというものは、たしかに存在しますね〜

とても素晴らしい場所でした


多くの方が、悩みや辛い思いがある時に、無意識に「〜しなければいけない」と思い込んでいる場合が非常に多いです

わたしのクライアントさんでも、最近になってわかったのですが、「「〜しなければいけない」という思いを、持っていなければならない」と、これまた輪をかけて強力に「〜しなければいけない」と信念に刻み込んでいるのだ、ということが分かってきました

「「〜しなければいけない」と思わなかったらどうやってやれるんですか?」という答えが来て、ハッとしましたね・・・



「〜しなければいけない」ことなんて何一つないんですよね、

何一つ、ですよ


「〜しなければならない」と思ってるということは、決まってしまっていること、させられてしまっていること、要するに義務感からやっていること、と無意識に思ってるんです

依存的であり、不自由、自分ではどうしようもないもの、的な感じ方ですね


その反対に「〜したいからする」だとどうでしょうか?

〜したいのは、自分ですね

自分で選んでいる意識、自発的であり、主体的であり、自由意思ですね


「〜しなければならない」ではなく、「〜したいからする」に思いが代わらないと、ほんとうの意欲、モティベーションはでてきません


なので、悩んでいること、辛いことの奥に、「〜しなければいけない」が潜んでいないか、どんな「〜しなければいけない」が隠れているか、まずは探ってみるといいと思います

その「〜しなくてはいけない」と思ってることは、自分にとってほんとうに必要な事かどうか、その時点で持ち続けるか、捨てるか、選択することが出来ます


思うに、おそらくですが、そういう方のほとんどが、親御さんから「〜しなさい」「〜しちゃだめ」など、自由選択を妨げられる育てられ方をされてこられたんじゃないかなという気がしてます

もう、子供のころから、観念として、あらゆることに対して「〜しなくてはいけない」と植えつけられ、思いこんでるのですから、そんな方は「〜しなくてはいけない」をこなすプロです

でも、義務感からやるのでは、何事もしんどく、上手く行きにくいわけです

ずっとずっとそのしんどさを持ち続けますか?って話ですね。。

そのように育てられた方は、意識的に自分がやりたいことを選択することをしてきていないので、なにをしたらいいのかも、よくわかりにくいみたいです


苦しい気持ちから頑張っても頑張っても、義務なので、できて当たり前、としかならないです

生きる喜びや、こころの底からの幸せというものは、自分が本当に望んでいるもの、本心からやりたいことをしていった先に、感じられるものです

ですから、丹念に丹念に「〜しなければならない」の雑草を、一つづつ、心の中から、抜いていく必要があります

そうしながら、自分が本当に望むもの(自分の思いという花のタネ)を植えて、育てていくしかないんです


結局「〜しなくてはならない」と思っていることをしていくことは、自分らしさから逸れていくことです

ほんとうにやりたいことではないのです

自分らしくいて、100%自分を認めることが出来て、初めて、本当の自分の能力が発動しはじめますから、「〜しなければならない」のような固定観念をとにかく外していくことです

多くの方が、不足の意識、自分には能力が足らないだとか、満たされていない意識でいらっしゃます

でも、みんな、本来は十分に持っているんです

持っているのに、ないように感じるのは、くもって見えていないだけです

自分に足らないものを付け足していくのではなく、くもりを取り払うこと、とにかく要らないものを削っていくこと、ただそれだけなんです

自分という者、また自分が持っているものを観えなくさせているのは一般常識や固定観念です

それらを取り払うことが、楽にうまくいくようになる、秘訣です

2017/07/06 完璧主義の落とし穴  
最近は連日、松居一代さんがワイドショーで取り上げられておりますけど、なんか動画を見ると、どう見ても一方的に自分が被害者だと訴えたいんだな、っていうのが見て取れます

正直、ただ単に松居さんの家庭内のことですから、家で勝手にやってればいいと思うんですけれど、週刊誌に情報をリークしたりだとか、皆をけむに巻いて、一大事にしちゃってるところが、ある意味すごいなあと思います

旦那様がどう思うかだったり、観た人がどう思うか、などの視点が欠落していて、とにかく「可哀想なわたし」「裏切られたわたし」を知ってほしいと言わんばかりの涙の訴えでしたね

国会議員の豊田真由子様しかり、松居一代さんもですが、完璧に見えるけど、問題を起こす方は、やはり育った家庭環境に問題があったのだろうと思わざるを得ません

どうやら、自分は間違いないだとか、完璧、と思い込みすぎていればいるほど、視野を狭くして、相手をも見えなくさせてしまうもの、みたいですね


完璧なことが素晴らしいこと、ではないのですよね

完璧にしようとすると、本質的に大事な部分を見失ってしまいますよね

完璧主義な人っていうのは、完璧を求めるあまりに、ダメなところ探しが上手なのかなと思います

常に漏れがないか、間違いがないか、監視する人になってしまいますね


それが、自分の中でだけならまだいいのですが、そうもいきませんで、たいがい、周りの人にも完璧さを求めてしまいますから、周りも息苦しくなります

きっと、船越栄一郎さんだって、ほんとうに息苦しくなって、家以外に心安らぐ居場所を見つけるしかなかったんだと思うんです

だから、船越さんが家に居たくないと思わせてしまった責任は、他の誰でもない松居さんご自身ですよね

ご自身が、そこに気付けない限り、なにをしていっても苦しいのだろうと思います

自分が問題を作りだしてるのですから。。。


完璧主義になる人っていうのは、ダメな自分というものが許せないんだと思います

どこか、自分はダメだからこそ、完璧にしないといけない、という強迫観念があるんじゃないのかな、と思うんですよね

完璧にやってれば間違いないとか、非の打ちどころのない人が素晴らしい人、と、どこか誤った解釈をしちゃってるんじゃないかと思うんですね


どんな自分でもいいと、自分を許せないと、他人のことも赦せなくなってしまうんですね

完璧さばかりを求めると、ダメなところばかり目につきやすいですし、心休まらないですし、自分も周りも、苦しくなっちゃいますね

人間って、完璧でないからこそ、助け合って、補い合ったり、支え合えるのだと思います

ですから、完璧さばかり求めてしまうと、人のありがたみだったり、人とのかかわりの中での素晴らしい面を見失ってしまいますしね


松居さんにも「自分のこころ」に早く気付いていただけて、この問題が収束していったらいいなと思うんですけどね

難しいかもしれませんね

だいぶ攻撃性も強い方ですので、これ以上、悪い方向に行かないといいですが。。

愛する人を、陥れて、相手にダメージを与えるのですから、結局それは愛ではなかったんですね

どんどん周りを悪者にして、自分が自分を孤独に追いやって行ってるってことも、気付けないのかもしれませんね

ほんとうは、全ての問題っていうのは、自分の中にあるんです。。

被害者意識の方は、自分視点の一方通行でしか、物事見れないんですよね。。

少し観ていて可哀想でもあり、滑稽でもあります

一番得したのは、週刊文春さんじゃないでしょうか笑

皮肉にも憎い文春さんを批判という形で松居さんご自身が宣伝してあげてましたからね


人が素晴らしいのは、完璧でないからこそ、なんですよね

その人が、その人らしい状態で、自分を認めてあげられ、相手をも認めてあげられることが、なにより素晴らしいこと、なんですけどね。。。





2017/07/04 人生よくなっていく秘訣  
台風が近づいているみたいで荒れ模様のお天気ですね

仙台にいた時には、たいてい台風の進路がそれてしまうか、勢力が弱まって温帯低気圧になったりして、影響ないことが多かったので、台風ってそこまで恐れたことなかったのですが

こちら関西では、台風が勢いがあって進路もほぼ圏内ですから、台風が近づいてくるとちょっと怖いですね

仙台では地震が日常茶飯事でしたが、そういう意味では、京都は地震がほとんどなく、心配が少ないです

なので、好きな焼き物の器を、もう少し増やしてもいいかな〜と思える昨今です

その土地、その土地によって、心理的負担も変わってくるもの、なんですね


TVをつけていると、政治も腐敗してるし、大人としてどうだろう?と目を疑うようなみっともない姿に、嫌な気持ちになることばかりなので、最近はすぐ消してます

生きていれば、嫌な事なんて、無くなることはないんですね


今日はもっと人生よくなりたい方に向けて、書いてみます


よりよく生きたい、と思ってるはずなのに、よくなっていかないのは何故だと思いますか?

変わろうと思っていない、変わるための努力もしていない、というのでは論外になりますが

よくなりたい、変わろうと思って、よくなるようにしているのに、よくならない、ってのはなんだと思いますか?


一言で言ってしまいますと、自分の「こころ」を変えようとしていないから、よくならないんです


多くの方が、変えようと思ってしていることは「行動を変えること」です

でも、行動を変えるだけで変わる事であればいいのですが、行動を変えられない、行動できない理由っていうのはそもそもの「思い」=「意識」にあるんです

目に見えない、根っこの部分の意識に気付いて、そこから変えていくと、本当に結果が変わってくるんです

うまくいかない、できないふうにしているのは、自分でしかないんですね


あとは、習慣、というものがあります

一日のうちの95%のことは、実は無意識でやっていることなんです

無意識なので、なにがどうなのか、わからないんです

まずは変えたいことがあるのなら、無意識の習慣から気づくことからですね

習慣は、変えられるんです

癖なだけなので、癖付を変えれば、変わります


それから、よく、自己啓発本なんかを好きな方はご存じだと思いますが、

「プラス言葉を言いましょう」だとか

「いい気分で過ごしましょう」

「感謝しましょう」なんて書いてあったりすると思うんです


たしかに、その通りなんですよ

でも、大事なことが抜けているんです


こころが、クリーンな状態でないと、だめなんですね

だめといいますか、自分にとって都合のいい時はそうできても、調子の悪い時はそうできなかったりしますから、今度はそうできない自分を責めてしまったりします

責めるということは、マイナスの気持ち=マイナスの言葉を言っているのと同じことです

打ち消しちゃうんですね笑

結局、根本に、自信のなさを持っていたり、思いこみ、固定観念があったり、一般常識が刷り込まれていると、つまづいちゃうんです

こころがクリーンな状態ではない、というのは、それらを持っているということであって、汚いということではないので、誤解なさらないでくださいね

つまづくと、人って、自分が悪いのではなくて、なにか自分以外のよそに理由を探そうとします

でも、実際には、起きたことは100%自分自身が招いてるんですね

プラス言葉を言ってるのにうまくいかない、感謝してるのにうまくいかないから、そんなのウソだった!意味のないことだった!と思ってしまうのは、早計です

自己啓発本に書かれてることをすることは、効果はあるんですが、だいじなことは、自分のこころ、なんですよね

こころの状態次第で、結果が出るか出ないか変わります

こころは空のように毎日変わりますが、それが安定してるからこそ、安定した結果も出てくるのですね


こころは一人一人、みんな違います

あなたならではな感じ方や、個性から、物事への対処法、切り替えの仕方などを学んで実践していくと、間違いなく身に付いていきます

 

そうやって、こころが上がっていくと、ほんとうにいいことが起き始めます

 

本当の意味で、「変わる」からです

 

 

 

このコーチングは、「こころの教育システム」を使ってセッションをするから、こころの底から気づき、変わるんです


こころの中は一人一人全く違うので、マンツーマンで、あなたが変わるお手伝いをするのがわたしの役目です

マンツーマンなので、間違いがないんです

変わる、というよりも、自分らしくいて上手く行くようになるので、楽になっていく感覚です

 


2017/07/03 一生成長、一生学び  

最近、いろんなことがあって、実は少し気分が落ちていたわたしですが

 

なんだか蓋を開けてみると、全て、落ち着くところに落ち着いたといいますか

 

いい感じになっちゃってて、これでいいんだな〜と思います

 

 

わたしの中のなにかが、障害となり、つまりとなって、進化を止めてたんだなって、

 

全部が繋がってるということも、結果をみても、肌でも実感しています

 

 

なにか障害を一つ乗り越えたからといって、終わりではなくて 笑

 

一生、慢心せずに、自分を成長させられるよう自分を磨き、一生学んでいくことが大切なのだろうな〜と思います

 

 

 

別にスピリチュアルを否定するわけでもないし、逆に、体感的に目に見えないものの存在を、わたしは感じているのですが

 

「スピリチュアルおたく」みたいだった自分を含めて、そういうことが好きな方を見ていて思うことは

 

なにか、「スピリチュアル的なものを感じたい、感じることで、いい感じで来ている自分と思いたい」というところがあるかな、って感じがしてます

 

その根底には「なにかまだまだ上がりたい自分」=「上がってない自分、ダメな自分」というものを、無意識に持ってるように感じます

 

だからこそ、すがりたいといいますか、「上がった気になって気分だけ高揚したい」のかなって思うんですね

 

 

わたしは目に見えない世界がわかるようになったのは、

 

自分が一つずつ自分らしい選択をして、障害は、自分の中にしかない、と気づき、なにか問題が起こる都度、一つずつ自分の中の障害を取り除き、主体的に生きるようになってから、です

 

自分らしい選択をすることは、そんなに容易いことでもありません、

 

選ぶということは他を捨てるということでもあって、他人と違うことを選ぶことでもありますから、どちらかというと少数派に流れますから、ときには孤独ですね

 

また、自分の中にある障害を取り除くことは、まず、何が障害なのか、気付くことが難しく

 

思い込んでいる「思い」は、思い込んでいるからこそ、自分のこころにあることすら見えないですし、正しいとか、それに間違いない、また自分らしさとまで思い込んでますから、それを取り除くのはそう容易な事ではありません

 

 

ですので、過去の自分もそうでしたからあえていいますが、なにか目に見えないスピリチュアル的な世界を、ふわふわ、キラキラしてる感じで言っている人は、まがいもんだなって思います笑

 

上がってるようになってるということは、下がってることもあるというわけです

 

下がってる自分は決して見せないでひた隠しなのでしょう、自分もそうでした

 

 

大事なことは、いつでも「今の自分でOK」でいることがすごく大切なんですね

 

 

わたしの実感では、目に見えない世界のメッセージというか気付きって、自分のしんどさ、苦しさもある、どすんとした重いこの世において、気分のいい自分、自分らしくあることをしていった先に一瞬垣間見れる光、ふわっと感じる優しい風、陽だまりの温かさ、みたいな感じですね

 

まずは生活を地に足つけてやっていって、自分らしく生きることを真正面から受け入れていったとき、初めて分かる世界ではないかと感じてるんですね

 

だから決して浮つけないといいますか。。

 

なので、正直、キラキラした世界を演出して、楽しく生きてもらうこともいいとは思いますが、真からの幸せでなくていいのかな?っておせっかいながら思っちゃうんですね

 

わたしにとっては、見えない世界は、ぶれない自分がどっしりあって、感情的に揺らされることがあっても、はしゃいだり嘆いたり、簡単に上がったり下がったりすることのない、なにか揺らがない世界、安堵感と遠赤外線の温かさに包まれている世界です笑

 

幸福感とイコールです

 

現実世界をリアルに生きてるからこそ感じる超世界ですね

 

 

わたしは、人生って、お試しが来て、クリアすると、ギフトがもらえて、また気を緩めてるとお試しが来て、クリアするために頑張って、クリアしたらまた上がれるっていう繰り返しなんだなっていうことが分かってきました

 

一生成長しなくてはいけませんが、それでも、慢心せずいれば、悪くなることはなくて、自分の中の障害をクリアすれば、必ずまたステージアップできると分かってますので、なにも怖いものがないといいますか、

 

その人に乗り越えられない課題は与えられない、って言いますしね

 

この世の仕組み自体、ほんとうにその人が良くなるために困難を与えてくれ、乗り越えた時、本当によくなるようなってると感じると

 

母の愛のように、この世は愛に溢れてるなーーーーって思います

 

 

 

 

 

 


2017/07/02 何故、気力が出ないのか  
京都はすごい雷雨です

お昼過ぎから土砂降りになり、クライアントさんに申し出てセッションを中断して慌てて窓を閉めました

買い物に行きたいにも雨が降りやまず、その間にブログを書こうかという魂胆です


気力が出ない時って、ありますね

気力が出ない状態=無気力になるのも、人それぞれ、背景が違うし、理由はそれぞれあるかと思います


例えば、ご両親が過干渉で、なんでも子供のすることを親が決めているとしたら、その子はどうでしょうか?

その子は自分で決める、という機会を奪われ、主体性が無くなってしまいます

そうすると、なんでも決めてもらってしかしたことがないので、なにがやりたいのかもわからないし、本来したいことでもないからしてても楽しくないし、と段々と無気力になってしまいます

もともとおとなしいお子さん、言うことを聞くお子さんがそうなりやすいかもしれませんね

エネルギーが強いお子さんであれば、無気力とは全く逆で、反発して、反抗し、暴力的になっていくかもしれません

反発するくらい、エネルギーがある、と言うことですよね


または、いやなことをし続けた場合、したくもないのに「〜しなくてはならない」と考えて、ご自身をがんじがらめにして、しなくてはいけないと思ってることばかりしかしていないとしたらどうでしょうか?

したくもないことを無理にしようとすると、こころの防衛本能が働いて、「したくない」と思わないでできるようにするため、無意識に感情に蓋をしてしまいます

感情に蓋をしてしまうと、こころの不感症状態になりますので、逆にいい感情、楽しいこと、嬉しいことも感じられなくなってきます

そうなってくると、何をやっても楽しいのか楽しくないのか、なにも感じられず、分からなくなってきてしまいます


失敗ばかり積み重ねて、自分はダメだ・・と思い続けても無気力になってしまうかもしれません

どうせやってもだめだから、やる意味もない、と、こころが行動にブレーキをかけるのですね

何もしない自分なら、「失敗」「自分はダメなやつ」という嫌な気持ちを感じなくてもいいから、無気力になってなにもしない自分を自ら選んでいるのでしょうね



無気力は、生命エネルギーが低下している状態だと思いますので、まずは自分のエネルギーを溜める為、できることをしていくことかなって思います

こころの声が、どんなことを望んでいるのか、、、

こころの声が聞こえたら、そのことから、始めてみるといいかもしれません

または、深層心理の中で、自分がどう思っているのか、深く知っていくことで、行動を妨げていた原因が、見えてくるかもしれません

無気力になるような場合、問題は一つではなく、他の問題も潜んでいるかもしれません

まずはお悩みを糸口として、セッションをしていきながら、同時進行で気付きを得て、こころから障害となる思いを外していったり、別の見方、考え方を意識したりして、やれることからやっていってみます


九九算であれば、暗記しているのですぐ答えは出ますね

でも例えば、3ケタの数字を掛けあわせたら、どうでしょう?

答えは頭の中だけではわからないですね

なので、紙に書くのです

そうすると、出せなかった答えも、出るようになりますね


それと同じで、セッションの前に「思いを書く」ということをしていきますが、それは「思い」を「数字」と置き換えれば、因数分解をすることと同じことです

絡み合ってこんがらがった思い、思いこみ、固定観念、セルフイメージ(自分のイメージ)などを、一つずつ緩め、解いて、本来のナチュラルな状態にしていきます

気付く→意識する→行動する→結果が出る→感じてみる、の繰り返しで、トライ&エラーを繰り返し、やってみてうまくいった見方や考え方、行動を生活の中で定着させていきます

 

 

なんせそうできるのは、いつでも100%味方のコーチがいるからです

だから安心してチャレンジできるのです

無気力な方でも、どんな方でも、少しずつ少しずつ、変わりはじめることができますよ


お陰様で雨はやみました^^

檸檬を買いに行ってきます








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