コーチングで悩みを解決!セルフコーチングを身に付けると、一生思いのままの人生を生きられるようになります。あなたの才能が目覚め、自分らしさ全開で、成功への道を歩み始めます。
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ブログ【答えはあなたの中にある】

2017/08/21 自己価値は高められます  
今日は午前中、貴船神社に行ってきました

先日、はじめて貴船に行ってみて、貴船神社の奥の宮の、あまりのパワーに「素晴らしい」と思いまして、コーチングというお仕事柄、気を上げておくことがとても大切なため、月一回は行こうかなと決めておりました

今日もベンチでゆっくり座り、パワーを存分にいただいてきました

奥の宮で写真を撮影したら、緑の玉が写ったり、不思議な写真も撮れちゃいました


なにかラッキーなことが起こるかも♪なんてワクワクしています


今日は自己価値について、書いてみたいと思います

自分に価値がある、と知っていることを「自己価値感がある」と言います

人は皆、生まれて、成長し、存在するだけで、皆に喜ばれ、価値のあるものなのですが、なんらかの理由によって、「自分なんて生きている意味がない」とか「皆のお荷物だ」なんて、誤った感じ方から「自己価値がない」と思うようになってしまいます。。。

本当にもったいないことです。。


例えば・・・

両親から褒められたことがないとか、認められなかった場合に、自分を認めることが出来ず、自己価値感が低いですね

わたしの友達にもいて、、、そういう方は、同じように自分の子のことも褒めることが出来ないんですね

どうやって褒めたらいいのか?褒め方がどうやら、わからないみたいです

そして、自己価値が低いと、同じようなレベルの方々なのに、周りの方が自分よりすごくできるような気がして、居心地が悪く、明らかに自分よりレベルの低い方の中にいることで、安心感を得ようとしたりします

一般的にはすごくいいと思われる職業に就いたのに、なにかがきっかけで鬱的になり、仕事を辞めて、結局、子供がいながらバイトを二つもかけもちして、ものすごく忙しく、夜中まで働いて身体を酷使しているのに、以前より安月給、っていう生活になってました

本人は、前職を辞めて満足はしていましたが、でも、はたからみると、能力も高いし、もっと楽に給料ももらえて生きれるのに〜。。と思うと、勝手ながらすごく残念に思います


あとは、家庭的に問題があったりですね・・・機能不全な家庭で育ったり、虐待を受けて育った場合に、自己価値は低くなってしまうようです

いわゆる「毒親」というのでしょうか・・親が親らしくなく、常に家庭内が緊張していて、子供が、親に十分に甘えられなかったり、幼いうちから親の面倒をみなくてはいけなかったりする場合に、自己価値や自己愛、また共感能力などが未発達なまま成長してしまうようです

親の顔色を見て、親の面倒を見たり、気に入られることでしか、自分の価値を感じられなくなってしまい、自己価値が低くなってしまうもの、のようです

機能不全家族・・いわゆるアダルトチルドレンの方は、共依存にもなりやすく、ご自身が結婚して家庭を得ても、同じように機能不全家族になったり、夫のDVなど受けたり、ということも、とても多いようですね

わたしの知り合いでも、母子家庭で育った子ですが、お母さんが娘にとても依存していて、結婚するときは、お母さんの気に入らない相手だということもあって、すごく旦那さんのことをけなしたり、別れるように仕向けたり、説得したり、とにかく、旦那さんが嫌になるようなことを延々聴かされてて。。。しかも、大きく引き伸ばした結婚写真には、両目に突き刺した穴が開いてました・・・

それを見て、行き過ぎにもほどがあると怖くなりましたね

子供の幸せを潰そうとするなんて、なんて恐ろしいことをするんだろう、って思いました・・

過度に依存してきた家庭環境から、なにか、自分が誰かの役に立てないと、存在する意味がない、と思ってしまうんですかね

なので、この人はわたしがいないとダメな人、暴力をふるうしょうがない人だけど、優しい時もあるの、って言い訳して、自己肯定しちゃうんですね

そういう関係でしか、幸せを感じられなくなってしまうのです



あとは、なんでも親が先回りしてやってあげたりとか、過保護、自分で考える機会、選択する機会を与えないなども、自己価値が低くなるようです

結局自分が決断しなくても、進んでいってしまうことは、自分がいる意味、価値を感じられなくなってしまうのでしょうね


わたしなんかは4つで父を亡くしていまして、母がわたしが幼いうちから入退院を繰り返していましたので、親に問題があるというよりは、物理的に愛情の欠如であり、結果的に自己価値、自尊心の低い人間だったのかな〜というふうに自己分析しています

ただ、おとなしかったわたしなので、母親が、誰かがわたしに対して話しかけたとしても、わたしの代わりに勝手に答えてる事も多かったですし、母が愚痴を言ってるのをいつも聴いてあげる、ということもあったりして、家庭環境としては健全とは言い難かったかもしれません


そんなわたしでも、今では非常に自己価値を持って生きていますので、もし、自己価値を高めたいと思われるのであれば、大丈夫

自己価値を高められます

親にされたこと、してもらえなかったことの逆をやっていけばいいのです

その、親御さんの出来なかった部分の、代わりの役割を果たすのが、コーチです

ですから、コーチ業はある意味、お母さん業です

こころの教育のカリキュラムが組まれており、今の自分が出来上がった因果関係も理解しながら、現在の問題点、未来をどうしていきたいかも、全てセッションでやっていきますので、生きる指針が出来ます

これまでの経験も、全て意味があったのだ、と、感謝心すら湧いてくるようにもなる方もいらっしゃいますよ

自己価値が高まれば、自信も出ますし、セルフイメージも上がるので、コミュニケーションもいままでより自信を持ってできるようになるので、あらゆることが総体的によくなっていきます





2017/08/20 思い、意識がなぜ大切なのか  
お盆も過ぎて、今日はもう20日ですか

8月も終わりに近づいて早いものです

まだお昼ですが、今日も珈琲3杯目、ブログ書いたらフェルトの制作に入ろうと思います


私共のコーチングでは、そもそもの思い、意識が変わるところから体験していただきますが、何故、思い、意識が大切なのか、ということを書いてみます

さっき歌手のM.JAYさん見てて、かわいいなあと思いました

着ているドレスと口紅の色が赤ともオレンジとも言えない、綺麗な色で、合ってたんですね

例えばですよ、M.JAYさんが、「わたしって綺麗でしょ?!わたしが一番よね」みたいに思ってたら、ドヤ顔になるし、アクの強さが前面に出てくるんだと思うんですね

ナチュラルな美しさ、透明感、っていうのは、こころの透明度から来ているような気もしますし

「わたしって全然綺麗じゃないし・・どこも取り柄がないし・・」と思ってたら、その内向きなこころが、自分だけで終わっちゃうんですよね・・・くすんできてしまいます

自分の良さをだしてオシャレを楽しもう、とするところで、オシャレを楽しんでいるだけで、周りの方も見ているだけで、可愛いなって思うし、楽しくなるんじゃないかな、って思うんですよね

女性が綺麗でいようとすることは、すごく大事かなって思うんですね

残りの人口の半分は男性ですから・・・あ、たまに真ん中の方もいらっしゃいますけど笑 

でも、男か女かしかいないのは間違いないですし、真ん中の方も女性か男性かどっちかを好きだと思いますし、どちらかというと、日本の社会は男性社会で、グレーやホワイトカラーなどですから、女性が綺麗でいたほうが男性もウキウキして、女性同士でも見てて楽しいですし、社会が確実に明るくなるんじゃないかなって思うんですよね


思っていることって、案外伝わってしまいます

例えば、私共のコーチングは、わたしは変化を望む方であれば、結果が出るって分かっていますから、自信をもっておススメするんですけどね

それが、もし、わたしが自信がなかったら、おススメできないわけですね

そうすると、お客様は、いいものだとしても、そこに辿りつけなくなってしまうわけです

せっかく目の前に、自分が変われる手段、武器があるにもかかわらず、お客さんは手に取れなくなってしまうわけですね

このコーチングで人生変わるくらいですので、すごく、じつは、わたしの勧め方が責任重大なのです

私欲ではないということ、あなたにとって必要なコーチングということを分かってもらうこと、その上で、選択はあなた自身で、というところですね、そこのさじ加減が非常に難しいわけです

コーチングのように目には見えないものを商品として扱ってますから、難しいのは当たり前なのかもしれませんけどね


営業の人が、自分がいいとも思ってないものを売るとしたら、どうでしょうか?

そこには嘘が入りますね、、

そして、言葉や態度に「売りたい」「売上を上げたい」という私利私欲の感じが混ざります

胡散臭さに繋がりますよね

そうすると、お客さんは「売りたいんだな」「この人が買ってほしいだけだ」と感じるから、頑なになり「買わないでおこう」となります


扱ってるものがいい物なのに、自分に自信がない場合はどうでしょうか?

「営業すること」が怖いこと、上手く行かないこと、と考えてたら、上手く行くわけがありません

伝える事が固くなってしまうと思うので、商品の良さが伝わらないし、お客さんは買う際に「自分にとって必要なものかどうか?」の視点で考えるわけですから、営業マンが自意識の中だけで終わってたら、思いはお客様に辿りつくことはありませんよね

それでも、物が良ければ、特別何もしなくても売れるのかもしれませんけどね


とにもかくにも、思いっていうものは、伝わるし、行動にも自然に出てしまうものですね

なので、「こころ」というおおもとの始まり、「思い」「意識」からいいものに変えていき、また、邪念を取り除いていければ、間違いようがないのです

自信もつきますから、なんといいますか、上手く行かないわけがないのですね

いい種を植えて、雑草を取り除きながら、光や水、養分を与えていけば、立派で、綺麗な花が咲くのですね


何故上手く行かないか?という時、そもそもの種が間違っている場合もあるでしょうし、雑草がぼうぼうの場合もあるでしょうし、光が不足している場合もありますね

そもそもの思い、意識という種からご一緒に見つけていくこと、また、当たり前すぎて気付けなかった、見えなかった視点もコーチが鏡となって気付ける

のが、このコーチングです

 

もちろん、それだけに留まりません


2017/08/19 極端に感情の針が振れる人  
少しずつ日が短くなってきたように思います

ただいま18:30ですが、もう暗くなってきてますね

秋から冬に向かっているのかな〜と思うとなにか切ないです

ご飯の炊ける香りを嗅ぎながら少しブログを書いてみます


お付き合いしていた人、お友達がいたのに、何かがきっかけで「全部嫌い!」みたいになってしまう方、いらっしゃいませんか〜?

先日、ちょっと知り合いからお聞きしたことがありました

二人は仲いいと思っていた人たちだったのですが、何かがきっかけで片方から「絶交」を一方的に言い渡されたようです

その方、仮にAさんとしますが、なにか仲悪くなる前までは、Bさんのために、色々と協力はしてらっしゃったみたいなんです。。。

それを知っているだけに、ちょっとしたことで「絶交」ってなってしまって、なんでなんだろう?と思ってしまいます


これまでの、お付き合いの中での、いいこと、AさんのいいところもBさんはもちろん知っていたはずなんです

なのに、何か一つのことがきっかけで、「全部がダメ」みたいになってしまうのは、逆にBさん自身の人間性も疑われてしまうんじゃないかな〜とおもってしまいます

Aさんにしたら、あんなに遊んでたのに。。手伝ったりもしていたのに。。と思えば、一方的な絶縁にがっかりし、憤慨もするでしょうし

Aさんが何をしたのかは知りませんが、Bさんは「わたしにこんなことをしてきた」「こんなことされた」と思っているのでしょう

コミュニケ―ションをしてないらしいので、Aさんのその真意だって伝わってないし、決めつけて、全て関係をダメにしてしまうって言うのは、まず、あらゆる人間関係がうまくいかないでしょうから、大変そうだな〜と思います

絶交されたAさんよりも、逆にBさんのことが心配になってしまいます


なにか、否定的なことをされた時の、対応が大事ですかね

否定的なことをされたからといって、された側は何をしてもいいわけじゃないですし、まず、その否定的に捉えた出来事の本質が、どういうことなのか?確認が必要ですかね

そこを相手に確認しないうちは、ただの思い込み、決めつけになってしまいがちですし、コミュニケーションをしないまま、縁を切る、っていうのは、自分にとっても損失です

お世話になった事実を、全部踏みにじることになり、ご恩もなにもなくなってしまいますし、これからも協力し合える仲でいられるかもしれないし、そこから出会いもさらに広がるかもしれないのに、人間関係の可能性の芽も潰してしまうことになりますよね


ですから、極端に感情の針が大きく振れる方は、要注意ですね

無意識に、人を傷つけてしまいますしね

人との縁を切ることは簡単です

でも、人の縁は、作ろうと思っても、なかなか作ることは出来ません

相手に見えた部分だけで人を判断し、見くびってしまったら、どんな人ともうまくいきませんね

細やかに、相手を知ろうとすることで、いろんな面が見えてきます

それには、やっぱりコミュニケーション、なんですよね

極端に感情の針が振れてしまう方は、思い込んで、激高し、コミュニケーションを閉ざしてしまうんだと思うんですね

コミュニケーションというものは、どこまでも諦めず続けていけば、必ず妥協点が見いだせると思います


なにかあった際に、相手が悪い、相手のせいとしているうちは、なんでも関わる人のせいにしてしまい、相手がよければいいですが、もし相手が悪かったら悪い結果、と状況をコントロールすることが出来ません

なにかがあっても、相手のせいにはせず、どんな相手でも、柔軟に対応できる自分、自分のこころを作ることで、どんなことも上手く行くようになり、状況もコントロールできるようになるのですけどね

生きていくうえで、コミュニケーションはめちゃくちゃ大事です

自分のこころ、メンタルを作り、コミュニケーションも身に付けたら、鬼に金棒です



極端に感情の針が振れる人は、敵を作ってしまうので、生きづらいでしょうね

感情のアソビの部分というか、100か0かで決めるのではなく、ちょっと緩く、様子を見る、許す、ということも、あったほうが自分にとってもいいと思います

結局、極端に感情が振れる方は、こころが固く、余裕がないのだろうと思いますね

絶交などしなくても、適度な距離感をはかって、お付き合いするのが一番いいのではないのかな、と思いますけどね

昔のわたしも100か0かみたいな、極端な感じでしたけど、今は、どんな方のいいところも見れるようになって、とてもラクですね

自分がラクだったら、周りもラクなんだと思うんです


2017/08/18 出せる強さ、越える勇気  
セミが残り少ない夏を惜しむかのように一生懸命鳴いております

ヒグラシの声や虫の声も聴かれるようになり、初秋に入ったような気がして少しさみしいですね

季節が過ぎるのは早いものです

人生も、同じように、過ぎるのが早いものだと思うんですよ


ニュースを見てましたら、女子大生が茶畑に生後間もない赤ちゃんの遺体を遺棄したそうです

おそらく、望まない妊娠だったと思うのですよね。。

わたしは以前、公務員の時に「周産期医療」といって、お産に関する医療に携わっていたのですが、妊婦健診を受けなかったり、救急搬送される例っていうのは、社会的弱者の場合が多くて、乳幼児死亡、児童虐待なんかでも、望まない妊娠と密接に関連していたりする、という事実がありました

妊娠が、好きな相手の子なのか、レイプなのか、今回の事件に関して事情は定かではありませんが、とにかくその女子大生の子が事実を隠したくなる心理があったと思うんですよね


昨夜、SNSから犯罪が起こる例として、「秘密をばらされたくなかったら裸の写真を送れ」だの、そんなことで若い子がネットで晒される被害が多発している、とTVで観ました

恥ずかしくて親にも友達にも警察にも言えない、ということで、被害が広がっていくものだということでした


隠したくなる心理から、犯罪が深刻になる、というのは、お笑い芸人さんの事故などでもそうだと思います

ノンスタイルの井上さんなんかも、当て逃げで活動自粛になっていたと思いますが、ほんのちょっとの車の事故だったと思うのです。

すぐに謝ればすんだことなのに、「ばれたら困る」という心理から、隠したことで、もっと深刻な話になっていってしまったんだな〜と、人間の弱さを見る思いです


これらのことのように、自分の非を認めず、何か隠そう、隠そう、とすることで、かえってよからぬ方向に行ってしまいます

非を認めていたとしても、隠そう、とする時点で認めていないのと一緒やと思います

隠す、とか、しないようにする、とか、なんにつけてもですが、考え方が否定的、マイナス方面に向かったとき、物事はうまくいきません

否定形の考え方からは、否定的な方向にしか物事も行かないようなっているようなんですね



その裏側には、実は人を信用できない、という真理も潜んでいるのかもしれません

自分をさらけ出しても認めてもらえる、という自信もないのかもしれません

それらは実は一緒のことです

自分を信用できないから、他人をも信用できないのです

自分に自信がないから、他人を信用できないのですね


非を認め、出せた時、意外と他人は寛容です

何故なら、皆、隠したくなる心理は内側に持っていて、気持ちを理解出来ているからこそ、出せた勇気、自分の恥ずかしいことを教えてくれた人に対し、エールを送るのだろうと思います

例え誰かが間違ったことをしたとしても、許せ、そこからどうしていくか、皆で考えられれば、事件を食い止められ、悪い方向にはいかないんだと思うんですね

なので、もっと皆が、世の中が、間違ったことをした人を許す、寛容になる、ということも大事だろうと思うんです

なにか、人を責めたて、徹底的にバッシングする現在の風潮はどうかと思います


コーチングでも同じです

わたしのお知り合いが申し込んでくださることが多いのですが、それって、わたしに自分の弱さをさらけ出してくれてるからこそ、だと思うんです

知り合いゆえに、恥ずかしいとか、知られたくないだとか、思ったとしたら、コーチングをやりたい、まで気持ちがいかないと思うんですね

まずはわたしを信頼してくださって、全部見せてくださること、そのことが本当にうれしいし、だからこそ、わたしもコーチとして、一生を帆走する同士として、精一杯どこまでもお付き合いさせていただこうと思えるんです

内側にこもる方向から、何か自分を超えて、外に出そう、とすることで、良い方向になっていきますよね

出せる強さと、越える勇気なのかな、って思いますね

それがあれば、変わっていけますし、あらゆる事件も減っていけるんじゃないかな、って、わたしは思うんですけどね



2017/08/15 「なぜ争いは起こるのか」を考えてみた  
お盆も中日で、今日あたりは随分と涼しい、曇り空の京都です

ドバトが鳴いていますが、わたしにとっては幼い頃のお盆の時期を思い出します

近くの竹林から、よくこの時期ドバトの鳴き声が聞こえていました

震災で全壊で、移転しましたので、今は無き実家での思い出です


今日は8/15、終戦記念日ですね

72年前の今日まで、戦争していたなんて、この平和な現代の日本で、戦争があったことが信じられません

戦争したって、なにもいいことはないのに、何故無くならないのでしょうね

いろんな力や思いが働いているので、理由は一筋縄ではいかないと思います

でも、そもそもなんで争いが起きるんだろう〜?って少し考えてみたくなりました


松居一代さんだって、あれはある意味戦争ですね

明らかに松居さんが戦争を仕掛けています。。

松居さんの修羅場離婚劇の例から考えてみると、「自分は正しい」という思いこそが争いを生むんだろうなということがよくわかります

実は人間は皆「自分は正しい」と思って生きているんですよね

「それっておかしいんじゃないか?」

「それ間違ってるでしょ」

「わたしの方が出来るに決まってる」

そんな思いから争いは始まるんだな〜と思います

自分の正しさ、自分の方が上だということを証明させようと、争って、相手にダメージを与えることで、優越感に浸りたいんだと思います


なにか、「あの人だけがいい思いして悔しい」という思いは、実の親子関係、義理の親子関係、友人関係、そんな身近なところにも溢れていますね。。

 

自分に近い存在だからこそ、同じように思ってしまい、比較し、「なんでわたしと一緒じゃないの?」と思ってしまいがちなんだと思うんですね

 

殺人事件だって、加害者、被害者は実の親子等が多いですね

 

自分と近い存在は、理性のタガが外れてしまいやすいのかもしれません


優越感に浸りたい、相手より自分が上でありたい、その思いの根底の部分って、結局「自信のなさ」に起因するんだと思うんですね

自信があれば、相手をおとしめて、自分の正しさを証明しよう、とする必要もないわけです


例えば、お義母さんが嫁の前で、「わたしの方が料理が出来るのだからあなたの方が上手なわけない」な〜んて思ってましたら、それは間違いなくお嫁さんに伝わるわけです

そして、どうでもよい、嫁姑争い、冷戦が始まるわけですね〜

怖いですね〜。。ホラーより怖いです

くだらないプライドなんて捨てたほうがいいのです

愛情が行き過ぎて、母が「嫁のあなたなんかより、息子とわたしの方が絆が強いに決まってる」って思うから、変なライバル意識が生まれるのです

親子なんですから、本来、そんなもの当然なんです

きついこと言うと、そう思わないといられない、息子と、親子の絆に自信が持てない関係性しか築けてこなかった、ということだと思います

親子の絆に疑いようもない自信があり、なおかつ息子さんのことを考えたら、息子さんのサポートに回るのが当然だろうと思います

息子と嫁は、そもそも他人ですからね〜

嫁に可愛い息子をとられた、と思う時点で欠乏感満載なわけです

こころの中にしっかり絆が根付いていれば、そんなこと、思いもしません


自分の正しさを主張するより、ほんとうの幸せはどこにあるか?見失わないようしないといけませんよね

姑のプライドがあるから、姑は嫌われ、嫌な関係から抜けられないわけですね

これはもちろん、例えばの話で出しましたが、姑さんだけが悪いということではなく、その人それぞれのいろんな関係性があるだろうと思いますので、この限りではありません


あとは、自分だけ得したいと思う、損得勘定も争いのもとなのかな〜と思ったりします

国同士の戦争なんて最たるもので、国家の利益のためにするわけじゃないですか

軍事兵器を製造することで、儲かると思ってる企業もあるわけで、自分のところの企業が儲かればいい、自分のところが得すればいいと考えてるから、戦争を助長して、実際戦争になって、自分たちの命も危うくなるわけで・・・

「本末転倒」「元も子もない」ってこういうことかなと、、、

非常に愚かなことだな〜と思いますね。。。

自分が得したい、というのは「誰かから奪わないと得られない」と考えている幻想なのだろうと思います

豊かさは限りがある、限定的意識から、そうなるのかな〜と思います

損得で考えるのではなく、自分にとっても相手に取っても、よい結果になるようしていこう、と思えれば、自分も豊かになって、相手も豊かになって、って、みんなで豊かになれるはずと思うんですよね

それはやっぱり、豊かな気持ちでいることから、なんですね、それだけで豊かになるんだと思うんですよね

気持ちのいい人は、いい人が沢山集まってきますので、結果的に目に見えて豊かになるのは、あとは、時間の問題ですね


例え、いろんな負の思いが自分の中で渦巻いていようとも、「相手を傷つけないようにしよう」と思えるだけで、争いは防げるのだと思います

相手をどうにかしてやろう、と思うから、戦争や、事件や、争いになるわけで・・・

理性があることで人間が人間らしく生きられるわけですよね

争うことで「なにか得られるか」と考えると、理性的なまっとうな人なら「なにもない」と分かると思うんです

まずは、人と争わない、批判しない、攻撃しない、武器を捨てる事かなって思います


考えていきますと、やはり、自分のこころの中が、全ての物事の発端である、と気づくわけですから、こころを律していくことは「全てがよくなること」と分かると思うんですね

争いって、自分のこころの中が平和でないから、起こしたくなるんです

まずは、自分のこころの中が平和であれば、それだけで、幸せになっていくんですよね

意識は現実を創ります

多くの人のこころが平穏になっていけば、争い事は少なくなって、非常に生きやすい世の中になると思うんですよね

まずは自分からかな、って思いました






























2017/08/12 断る勇気  
今日は幾分涼しい京都です

クーラー掛けずに窓を開けています

わたしの故郷は宮城なので、実家やお友達に聞いたら、長袖着てるくらい涼しいそうなんです

13〜15度くらい違う様で、同じ日本でもそんなに違うのか、と驚きました

こちらは幾分涼しいと言っても蒸し暑く、やはり夏は暑い暑いといいながらも夏らしい方がいいのかな〜と思っているわたしです

セミの鳴き声が鳴り響いております


突然ですが、断りたいのに断れない、ってことありませんか?

断ったらどう思われるだろう・・・

嫌われないか、関係が悪化しないか、と考えてしまったりありませんか〜


わたしにもこんなことがありました

息子が部活の部長になった時のことです

その部活のしきたりで、部長の親が親の会の会長をやる、という習わしだったらしいんです

でも、息子が高校二年の時、わたしはまだ公務員をやっていて、異動したばかりだったのですが、とても忙しい職場に異動になってたんですね

医療関係だったのですが、わたしは地域医療の担当で、震災後に地域医療が見直されて、需要が高まっていたため、国からの予算もどかどか来ていたんです

予算が来る、ということはその分お仕事も増える、ということで、事業の本数も以前の倍くらいになっていました

そんな状況でしたので、毎日夜8時、9時、10時と残業続きでした

ですから、親の会の会長なんて、絶対無理やし、お断りしたんですが、かなりしつこく「前例踏襲」を説得されました

でも、嫌われるの覚悟で受けませんでした

別な方にこちらからお願いして引き受けていただくことにして、そのことも伝えてなんとかご理解いただきました

息子には、「ごめん。お母さん絶対無理だから、やりづらいかもだけどお願いね」っていうことを伝えましたら、息子は「いいよ仕方ないから」と言ってくれました

前例踏襲で会長をやるよう、わたしに押し付けてきたお母さんは、平日の日中にわたしの知り合いのお食事処の予約のお願いなんかもメールでしてきていたので、「公務員は暇」っていう思い込みがある方だったんだろうなって思います

「忙しくてそんな暇ないので、申し訳ないですがご自分で予約してください」って返事しましたね

だって、付き合ってて、大変になるのは自分ですから、きっぱりお断りするしかないんですよね


その後、やっぱりやりづらいのはありました

やりづらい言うか、なんか私が行くと「しら〜っ」とした空気は感じました

でも、せいぜいその程度です

一応は皆さん大人なので、そこまで嫌な対応はなさりませんでした(一部あからさまに嫌な感じの人はいましたけどね・・・笑)

仕事も忙しい上に、親の会の会長も引き受けて、やれるような体力はわたしにはないです

身体を壊してしまってたと思います

現に、引き受けなくても、仕事で、体調を悪くしましたしね

どう考えても無理だったと思います


誘いがあった時に、「行きたくない」「できない」「絶対無理」と思ってるのに、断れなくて・・結局嫌々付き合うこと、ありませんか

 

いい人でいたい、嫌われたくない、っていうのは分かりますが、いい人でいても、嫌われるときは嫌われます

 

こころの声を無視して引き受けて、大変な思いをしたとしても、それは、自分が大変なことを選んだ、ということなんですよね

 

誰のせいでもありません

 

断れない、他人の目が気になる自分がいる、ということです

 

思ったことを言えない、主張が出来ない、自分がいる、ということです

 

 

わたしは仕事をしていたので、自分のいるフィールド、職場がある、という意味で、お母さん方に別に嫌われてもいいやって思えるだけ、まだましだったのかもしれません

 

仮にわたしが主婦だとしたら、どこにも逃げ場がないので、やっぱりママ友さんとか、塾の親同士とか、そんなところが居場所になってしまいがちなので、断りづらいっていうのはあるかもですね

 

でももし主婦だったら会長をやれてると思うので、今回の事例だとあてはまらないですね

 

 

無理をして相手に合わせるとかではなく、すごく大事なのが、やっぱり「自分の思いを相手に伝わるように伝える事」だと思います

 

言えない、断れない、と思うのは「上手く伝えられない」と思っているからではないでしょうか?

 

固くなってしまう自分、上手いように言えない自分、というように、自分に自信がないからではないでしょうか?

 

自信はつけられますし、コミュニケーションも自転車と同じで練習すればするほど上達していきますよ

 

 

断ることが、まずは悪いことではない、ということ、どうするかは自分で選べる、ということと

 

断ったあとのフォローを含めて、コミュニケーションさえ上手くやれるなら、怖いものなんてなにもないんですよね

 

嫌われたくもないし、しんどいのも嫌だし、って、全部が上手いようにいくことを願っても、土台無理なんです

 

自分を守るために、自分の思いを伝える事はものすごく大事ですね


2017/08/11 母親でいようと思ったことがありません  
【Photo:今から4〜5年も前になりますね。高校のハンドボール部の写真です。寝そべってる子が息子です】


今日は山の日ですか?

山の日ってなんなのか、いまいち意味が分かっていないわたしです

自由業で、暦通りに動いてもいませんので、わたしにとっては祝日はあってもなくても全く関係ないですね

お盆でも実家にも帰りませんし、息子に「帰ってこないのか」と聞いてもいないです

「帰ってこないのか」というのも、京都が息子の故郷でもないので、おかしいですし、聞くとしたら「お母さんとこ遊びにこないのか?」でしょうね

わたしのペースも乱されるので、来ないんだったら来なくてもいいんです笑

いつ来てもらってもいいですしね


さて、そんなわけで、少し子育てのことを思い出したりしてたので書いてみますね

わたしは自分が「母親」と思っていないので、「母親らしい」ようなことをしようとか、思ってみたことも、考えたこともないんですよね

「母親として・・」とか書いてらっしゃる方をみたりして、「ああそう思うんだ」と分かったりします

母親はどうだ、っていう概念があまりないので、ただ一人の人間として子育てをしてきました

そうすると、結構、立場が息子と並列なんですね

なので、例えば一個だけお菓子が残ったとして、たまには「食べていいよ」ということもあるけれど、勝手に食べようとしたら「あんただけずるい」って言ったりもします笑

そして、じゃんけんか、半分こ、ということになります

俺は息子だから譲ってもらって当然なんだな、なんて考えがない息子なので、必ず「お母さん食べる?」って聞いてくれます

そう考えると、優しさって、優しさだけで育つものでもないような気がします

「お母さんも一人の人間で、悩んだり苦しんだりもあるのだ」と分かることで「自分も頑張ろう」って思ったりもするのではないかと思うのです


わたしはたぶんちょっと変わってて、その変わってるところはわたし的にはちょっとだけだとは思ってるんですが、おそらく型にはまった考えの方からすると、だいぶ変わってるんだと思います

とにかく息子自身の考え方を、大事にしてきました

「あんたはどう思うの?」っていつも聞いていました

なにかトラブルをおこしてしまっても「君はどう思うか?」と聞いて「俺は悪くないと思う」という主張の説明がたち、わたしが納得できれば、「だったら悪くないんだから謝る必要もない」、という結論にいたり、親がでていくこともなく、自分で説明に行ってこい、と言って、放って(任せて)おきました笑

親の立場、とか、立場で考える親御さんにとっては、すごく常識のないことをしていたかもしれません

恐らくいろいろ言われていたと思います

でも、忙しいこともあって、あまり気にしませんでした

息子の考え方がある程度、的を得ていたので、尊重しました

もちろん、考え方がずれていれば修正はしたとは思いますけど。。

お陰様で、いっぱしの意見を持った、プラス思考で行動力と統率力のある青年になったと思うので、ダメなところももちろんありますが、育て方としてはそこまで間違いではなかったんじゃないかな、とは思っています


中学三年の時には、「私立高校を滑り止めで受けてください」と、担任の先生に言われました

息子に「お母さん、受験料払うのもったいないから、私立受けないでほしいんだけど」と言いました

どうか?と聞いたら、「頑張る」という話でした

「おし!じゃあ公立一本で行こう」という結論に至りました

担任の先生から、随分と「お願いですから受けてください」と言われましたが、そんな先生の点数稼ぎのために受験料を払うのは馬鹿馬鹿しいと思いました

「先生!うちのは受かりますよ!先生マイナス思考ですねぇ〜!絶対受かるから滑り止めなんていらないです!」と先生と息子の前で豪語しました笑

親にそう言われるのを見ていれば、息子も頑張るしかないわけです

器用になんでもやってしまう息子ですが、ツメのところで手を抜きがちなので、少しくらいプレッシャー掛けたほうが伸びると思っているわたしは、わざわざプレッシャーをかけてあげました

受験に落ちたらどうするか、まで話し合いました

受験発表は震災の時で、随分延期になりましたから「俺、心配過ぎて気持ち悪い。。。」って言ってましたね笑

お陰様で宣言した通り、合格してくれましたが、順位は下の方でした笑

あぶなかったねーー笑 って笑い話になっています


なんにおいてもですが、子育てにおいても、「こうしなくてはならない」ことなんて何一つないんです

遊びだってそうです

息子の友達が5〜6人遊びに来たときがありました

グラスの数が足んないなあ。。しかも洗うのも面倒やなあ〜と思ったので、ラーメン丼鉢にカルピスをどかんと作って、ストローを5〜6本刺して
「それーーー飲め―――!」って出したことがありました

男の子の頭がラーメン丼に丸く集結して、カルピスをちゅーちゅーすすって一瞬で無くなりました

そしたら飲み終わった時、一斉に「がははははは!!」ってみんなの笑いが起きたんですよね〜

イベント的になって、このアイディア結構よかったなあと思いました

みんなの頭が集まって、上から見てたらとってもかわいかったです


あとは、お化粧ごっこをしたことがありました

3人の男の子が、化粧したい、っていうもんですから、じゃあ、一人ずつ化粧して、見ないようにして待ってて、いっせいのっせ!で顔見せ会おう!ということにしました

一人ずつ化粧してあげて、控室で待たせて 笑、「せいの!」で3人が出会って、見て、大爆笑でした

写真が今でも残っているはずです

化粧してみると、もっと綺麗になりたい、って思うのは、男子も一緒みたいです

それも面白かったな〜と思います

わたしはシングルマザーなのですが、息子にいろんな体験をさせてあげたいと思って、ディズニーランドや七夕の花火大会では、ぐらっぐらなりながら肩車して見せてあげました

宮城の丸森町ってところにいってタケノコ堀りも行ったし、檜原湖にワカサギ釣りにいって、さし(ハエの幼虫)を釣り針にさしたし、大島や田代島に釣りに連れてってもらったり、乗馬体験をしたり、ガラスのエッチングをしてみたり、ちょっと豪華なディナーに連れて行ってあげたりもしました

虫が大嫌いなのにカブトムシを飼って、卵を産んだので、調べて、育つよう、卵から成虫まで育てたこともありました

アトピーの子だったので、皮膚科、耳鼻科通いは欠かしませんでした

もっともっとさせてあげたいことはいっぱいありましたし、ご両親がそろっているご家庭より、きっとなにもしてあげられていないけど、自分なりに愛情はかけてあげたつもりです


子育ては大変でもありますけど、親も楽しまないと損です

こんな、わたしみたいな変な親でもなんとか子供は育ちましたから、子供にあんまり心配はいらないです

目をかけ、愛情をかけてあげられたら、きっと全く問題はないです

夏休みですから、親御さんもお子さんとご一緒に、ぜひ楽しんでくださいね♪

親も楽しむことが大事です








2017/08/10 こころの中の壁  
今日は日差しはさほどでもない、と思って、帽子を被らないで自転車で出かけたのですが、誤算でした

夏の紫外線は侮れなかったです

しかも日差しは少なくても熱風で、非常に蒸し暑いです


最近、全てにおいてとことんコミュニケーション次第だなあと感じております

言いづらいことも全て、質問、質問で、コミュニケーションをすることができます


他人と上手く行きづらい方は、コミュニケーションを避けて、先回りして勝手に想像しちゃってることが多いんじゃないかなって感じます

それはわたし自身、自戒を込めて感じるところですので書いてみたいと思います・・


例えば、何が嫌なことが起きた時に

「なんであんなこと言うんだろう?」→「きっとこう考えているに違いない」→「絶対こうなんだわ!(プンプン)」

・・・と、悪い風に捉えがちです・・・

お聴きすると、だいたいこのようなパターンに陥ってしまう方が多く見受けられます。。

想像の域だけで、思い込み、決めつけてしまってるんですね



苦手な人、嫌いな人ほど、コミュニケーションを避けてしまいたくなりがちなのですが、実はそれこそが誤りです

苦手な人、嫌いな人ほど、本当はコミュニケーションが絶対的に必要です

何故なら、苦手と感じる、嫌いと感じるということは、自分にないものを持っているとか、正反対な人だったりしますので、そもそもその人のことを理解するのが困難なのです

その上、「苦手」「嫌い」と感情が判断していると、どうしても悪い方向に考えてしまいがちなんですね

なので、コミュニケーションを避けない、止めない、諦めない、というのが、とても大切になってきます


コミュニケーションで大事なのは、質問です!

「なんであんなこと言うんだろう?」と疑問に思ったとき、まずは質問するんです

「こういうことですか?」と尋ねると、相手の真意が見えてくると思います

悪い想像が出てきた場合、その反対のことを聴いてみると、聴きやすいかもしれません

想像からの悪い感情が邪魔をして、「そんなことできないよ!」と思われるかもしれません

でも、聴いてみないと始まらない場合も結構多いです

勇気をもって聴いてみると、自分だけで想像を巡らせていたのとは、違う部分、考えが見えてきたりすると思います

だいたいそんなものですね、「な〜んだ」「始めから聴けば良かった」ってなる事は意外と多いです

そして、相手の口から直接聴けたことで、心理的にもすごく安心感に繋がると思います


思いこみ、決めつけというものは壁を作ります

思い込み、決めつけてしまうと「絶対そうに違いない」となってしまうのです

そうなると、本質的なものが見えなくなってしまいます・・・

自分自身のこころの中の壁なんですよね


自分を信じることは大切なのですが、それが過ぎると過信になってしまいます・・

特に、自分以外のこと、他人のことについては全て確認しないとわからないことばかりです

質問し、確認したうえで、相手から伝えられたことについては、例えば相手が言ってることと違うことを考えていたとしても、相手が言った以上は、それが根拠となりますので、相手から、その人の考え、答えを引き出すことはとても重要です

相手が言ってもいない、頼んでもいないのに、こちら側が先回りしちゃって、勝手に判断してしてしまうがために、関係性が上手く行かない、ということは、とても多いと思います

一見「いいこと」と思える事だとしてもそうです

親切心の押し売りになってしまいます

相手に負担を掛けるという意味で、せっかくの親切も、余計なお世話になっちゃうんですよね


つくづく、思いこみ、決めつけは、気をつけなくてはいけないなあ〜とわたし自身思っているところでございます












2017/08/09 売れるには、コミュニケーション力が大切です  
今日も暑かったですね〜

8月7日から五条坂の陶器まつりが開催されていたのにすっかり忘れてまして、思い出したので、行ってみました

初日は台風で中止でしたから、せっかく準備されていた作家さんたちはがっかりでしたでしょうね

日傘をさしてぐるーーーーっと五条坂をUターンする形で見てきました

昨年、気に入ったものは、検討の余地ありと、全部見てから買ったのですが、結局、最初にイイとピンときたものは自分が好きなものなのだ、と学びまして、今年はピンときたらすぐ購入しました

そういうことで陶器を沢山買ってしまったのですが、、、

ワクワクしてお料理が作れると思うと、いい使い方だったのではないかと思います

そう思い込むことにします笑


それで、出展数4〜50あるんでしょうかね・・ずーーと眺めてきましたが、思うところがありました

せっかく器を眺めているのに、携帯をいじっている方、何も声を掛けない方・・・コミュニケーションを閉ざしている作家さんが多かったですね

すごくもったいないなあと思いました

お客さんにしたら、せっかく作家さんが来ていらっしゃるんですから、作り手の思い、どんなお料理に合うか、などお聴きしたいので、チャンス!なんですけどね〜。。


わたしは作品を観て、作家さんをちらっと見て、買うかどうか決めます

作品に対する思いがこもっている方は、なにか感じますし、やる気がある方はお客さんをよく見てますよ

素敵な作品が置いてあって、その上で、話しかけてくださって、どんなふうに作ったかなど、思いを教えて下さったら、やっぱり欲しくなるんです

なので、待ちの姿勢では、ほんとうにもったいないですね


作家さんはクリエイティブな方が多いと思いますので、どちらかというと組織にも属していなくて、コミュニケーションも苦手な方が多いのではないかという感じがしています

そんな作家さん、アーティストにこそ、是非コミュニケーション力をつけていただきたいですね

コミュニケーション力は、作家さんだけではなく、全ての方に必須な能力です

やはりお客様と、気持ちよく対話できることは、武器になります

売るものがいい物であればあるこそ、コミュニケーションが大事ですね

コミュニケ―ション力は、自転車と同じで、練習すると上達していくんです

コミュニケーション能力は練習すれば、上げられるんです



2017/08/08 人のせいにすると落ちていきます  
京都は台風は過ぎました

昨日は一日すごい暴風雨でしたが、今日は一転して台風一過、、、と言いたいところですが、もやっとした曇天です

夏の終わりも感じさせるような、だいぶ涼しくて過ごしやすい感じです

でも、さきほど残り物のカレーを食べたので、いまは汗をかいているわたしです


人間ていうものは勝手なもので、自分にとって都合がよければ「よい人」、都合が悪くなったら「悪い人」、と思いがちです

それはわたしも例外ではなくて、過去にそんな経験があります


前職で、サラリーマンだったのですが、異動がだいたい三年ごとにあるような職場でした

わたしはシングルマザーなので、息子が小学校に入る際、ちょうど異動対象の前の年だったのですが、上司にも相談しまして、家からほど近い職場に異動させてもらえたことがありました

大きな組織ですので、通常は、そう思った通り異動させてもらうことは叶わないのですが、その時の職場の上司の権限が、おそらく強かったために、蓋を開けてみたら希望通り叶っていた感じでした

ところが、異動した先の職場は、とても雰囲気が悪く、扱う仕事の内容も嫌がられやすいものでしたので、すごくしんどかった覚えがあります

家から近くて子育てには助かる反面、近すぎるがゆえに、勤務終了後は気分転換ができる前に家についてしまうため、嫌な気持ちを家に持ち帰ってしまっていました

それをたまたま、忖度していただいた上司に(流行語を使ってみました笑)、「異動後いかがですか・・」と聞かれた際に、ご配慮いただいたにも関わらず、ぼやいて愚痴ってしまったのです

そうしたところ、その上司からは「そういうことを言うもんじゃないよ」というようなことを言われたような記憶があります

たしかにそうだったと反省しましたね


当時は、しんどすぎて「何故こんな職場に異動させられたのか」としんどさに潰されて、上司のご配慮に感謝も出来ず、逆に嫌な風に思ってしまっていたんです

人のせいにすると、落ちていってしまうんです

その後、もっともっと状況がしんどくなっていって、後から考えると「自分のこころが、嫌な出来事をどんどん招いてしまったんだ」と理解しています

大きな流れで見てみると、落ちていったことも、気付いて、上がるためには必要な事でした

ですから、無駄な事なんて、何一つないんだと思います



いま、その頃のことを、客観的に考えてみますと、よく鍵を忘れる息子が職場まで鍵を取りに来て、窓から同僚が見つけ「○○くん来たよ笑」なんてこともしょっちゅうでした

息子の夏休み、冬休み期間中も、職場の昼休みが1時間しかない中で、一度家に戻って簡単に作って食べるとか、お弁当買って食べるとか、一緒にお昼ごはんできたので、やっぱり助かっていた面も沢山あるのです

ですので、嫌なことがあると、全部が全部、嫌なように思ってしまいがちですが、出来事の中でも一つ一つを見ると、必ずいい面があるし、また、自分のために動いてくださった上司は、その出来事とは全く関係がなく、ご配慮してくださったというだけで「有難い」にしかならないはずなんですね

客観的に全体を観れるようになった今は、細やかに、全体がわかります


わたしの事例のように、誰かが関わってくださったことで、起こったことの中で、良いことがあればいいのですが、悪くなったときに、その関わってくれた方のせいにしたくなりがちです

でも、関わってくださった方の思いやご配慮いただいた事と、起こった出来事とは、全く別のことなんですよね

なにかあると、誰かのせいにしたくなる、ということはあると思います

でも、誰かのせいにしていても、何も始まらないどころか、関わり方次第では、状況はどんどん悪くなっていってしまいます

誰かのせい、ではなくて、自分がどうあるか、どうすればいいか、常に自分自身の中に答えを求めていったとき、変わっていきます

そして客観的に見る視点が持てた時、嫌な事よりも、いいこと、有難いと思えることの方が多いのだということも、頑張って思おうとしなくても、わかるようになっていきます


セッションの中で、日常を教えていただくことで、ご自身が当たり前すぎて見えなかった恵まれている面にもどんどん気づくようになります

そうすると、ご自身の、周囲に対する対応が変わります

対応が変わると、周囲の方も対応が変わっていきます

「自分が変わることで周りの人も変わる」、という原理原則も、実感としてわかるようになります

だから、自分が変わることって、結局、自分だけのため、ではないんですよね

人と人との関わりの中での、いい循環を、ご自身から作っていくことが出来ます

ハッピーメーカーになるのですから、そういう人を、天が応援しないわけがないのです

みんなツイている人になっていきます
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