コーチングで悩みを解決!セルフコーチングを身に付けると、一生思いのままの人生を生きられるようになります。あなたの才能が目覚め、自分らしさ全開で、成功への道を歩み始めます。
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  1. ブログ【答えはあなたの中にある】
 

ブログ【答えはあなたの中にある】

2017/11/21 自己肯定感が高い人とは?  
最近ブログをさぼり気味で、考えてみれば明日も遊びに行くのと夜はセッションなので、夜中ですが書いてみることにいたしました



今日だったか、TVを観てましたら、デヴィ夫人が密着ドキュメントされてました

まあ大変な大豪邸で、ワンコも10匹以上いらして、贅沢そのものでした

スカルノ大統領とのなれ初めや、東洋の真珠と呼ばれた若き日など、既に知ってたこと含め、ふむふむと観てたんですが・・・

夫人の発言の中で、

「わたくしが「タレント」と呼ばれたのを知って「わたくしがタレントですって?!と思ったんですが、「タレント」と呼ばれるんだったら、タレントとしてしかできないことをしましょう、と思ったんですね」

「泥の中に好き好んで入るなんて馬鹿な事、あなた、どこのどなたがするんですのよ」

「なんでもやってみたい、ただそれだけです。せっかくですもの、死ぬ前に、一度やってみようかしらと、誰かが出来たことならあたくしが出来ないわけがない、と思うからやるだけですわ」


「さすがだなー」と思いましたね〜。。。

70代後半ですよ。。。

しかもあんなお美しいのに、お笑い芸人の出川さんと一緒になって、笑われる役を引き受けるなんて、相当自己肯定感高くないと出来ないことだと思いましたね

いつでもご自分を尊重して、尊厳を持ってらっしゃるから、どんなことしても、どんな風に思われようと、関係ないわけなんですよね



自己肯定感が高いと、どんな時も、どんな自分でもオールOKになります

まず存在そのものを自分自身が肯定出来ているのですし、どんな自分もOKなのですから、人から見てどう思われようと、関係なくなります

寝たかったら寝たらいいし、落ち込む自分も良し、だし、何を考えようと、どういようと、デヴィ夫人に言わせたら「あたくしはあたくしなのですから、どなたも関係ないじゃありませんか、おほほほほ」

…っていうことですよ



どんな状況でもOKと言えない自分がいたとしたら、いっぺん自分を疑ってみてください

意外と自分自身のことを皆さんあまりよくわかってらっしゃらない方がほとんどなんですよね

知っていくと興味深いものですよ



眠いので、この辺で

本心のわたしが「もう寝たい」と言っておりますので笑

またいつか書きますね

2017/11/18 あなたという花を咲かす  
今日は雨です

雨で紅葉の様子も変わってしまうのかな〜と。。

来週、友達と紅葉を観に行く約束をしていたので、一番ベストな感じで綺麗になっててほしいなって思います


先日、TVを観てましたら「ホぺイロ」という職業についてらっしゃる方について放送してました

ホぺイロってご存知ですか?

ホぺイロというのは、サッカーチームの裏方のお仕事で、シューズの手入れをしたり、道具の管理、ケアなどをする方のことでポルトガル語で「用具係」の意味があるそうです

TV観た時はお名前まで見ていませんでしたが、調べてみたら松浦さんて方だったかもしれません

三浦知良選手や本田圭祐選手、吉田麻也選手など、そうそうたる方が、指名するほど、信頼されている方でした


三浦知良さん、カズさんからは、「俺たちが一流の仕事をするためには全てが一流である必要がある。だからホぺイロとしても一流の仕事をしてくれ」と毎日のように言われていた、と仰ってました

世界を相手に戦ってる方々ですから、コンマ一秒の差が大きな差となり勝敗を分けてしまうらしいので、シューズに微妙な違和感などあった場合に、スパイクを削ったり、突起を足したりしてほしいと頼まれるらしいです

なので、靴を削る機械とか、様々なものが準備されていて、ほんの数ミリ切り込みを入れたり、その方がベストな状況で戦えるように、用具がカスタマイズできるようになっていました


わたしはホぺイロという仕事を初めて知ったのですが、こんな仕事あるんだ〜!という驚きとともに、細かな部分まで専門職がいて、ベストな状況にする必要があるくらい、繊細かつ綿密にコンディションを整えて、初めて勝利というものを掴めるんだなって思いました

裏方の仕事ですけど、本当に大事なお仕事ですね

靴のところにそっとメッセージカードを置いていたりして、選手たちが「メンタル面もサポートしてもらってます」って言ってました


例えば、ホぺイロの方が「裏方やし、ちょっと手を抜いたってわからへんから、ちょっと手を抜いたろ」な〜んて思って仕事をしたら、どうなるでしょうか?

選手達の士気も下がるし、こんなもんか〜な〜んてプレイ中も気を抜いたら、日本中ががっかりしてしまいます


どんな仕事にも意味があって、役割があるだけだと思うんですね

他人から見て、かっこいいとか、素晴らしいと思われる仕事に就きたい!お金が儲かる仕事に就きたい!と思う方も多いかもしれませんが、自分に合わない仕事に就いたって、辛いだけです

「社長」というだけですごいから社長になりたいとか、「先生」と呼ばれたいからそんな職業に就きたいとか、何か素晴らしいもの、肩書に頼っても、なにか自分というものを取り繕うだけで、内側から得られる充実感はありません

だいたい、社長だからってすごいなんてことは全くなくて、サラリーマンでも社長より立派な方で収入も得てる方はいくらでもいらっしゃいますしね笑


ある方が、道路工事の旗振り担当の方を見て、「こんな仕事してても」みたいに、少し馬鹿にされたことがあったんですね

でも、わたしは、「旗振り役いなかったら、道路が渋滞なって大変なんだから、大事な仕事じゃないか」って思いました

仕事に、上も下もないと思うんですね

どんなことでも、必要だから、その役割があって、いい仕事も悪い仕事もなく、役割なだけなんだと思うんです


ホぺイロになるような方は、すごく気が利いて細やかなことが得意な方が向いてると思います

旗振り役も、暑さ寒さに耐えられて、単純なように見えて、現場の状況判断が出来て、飽きずに同じことを出来る人でないと難しいと思います


仕事は、一日の生活の時間の中でも、かなりの比重を占めますので、どんな仕事に就くかは結構大事だと思います

自分を否定せず、自分の得意な事、向いていることをとことん突き詰めていけば、向いてる仕事って必ず見つかると思います

ただあまりにもお金に苦労して育ったりすると、欲望が膨らみすぎて大金持ちになってやる!と自分らしさから逸れてしまう場合もありますね

親が自分が就きたい仕事をバカにしていたり、低く見る場合に「こんな仕事に就いても良くないのかな」なんて思ってしまって本当にやりたいことが出来ないかもしれません

または親の願望が強すぎて、「とにかく医者になってくれ」とか「とにかく弁護士」とか言われ続けた場合に「親の言うことを聞いてあげることが、親孝行ではないか」なんて勘違いしてしまって、親の言いなりになって辛い、ってことも多いと思います

親が求めることをしていって、自分の人生って言えますか?って思います

それで満足できるならそれもいいでしょうが、ほんとうに後悔しませんか?ってことですね


どんな仕事でも、自分を生かせて、内側からのモティベーションが湧き出たとき、素晴らしい仕事が出来るし、楽で楽しくて、もっと頑張ろうって思えるものだと思います

上下意識、損得の意識、お金についての思い込み、そんなことが、自分を見えなくさせてしまうのですね

みんなみんな、その人らしく、良いところを生かし合えて、認め合えたらいいのにな〜ってわたしは思うんですね

どんな場所でも、自分という花を咲かすことはできるんです

あなたらしい花を咲かせてほしいと願っています


2017/11/17 無価値観を持ち続けても・・  
【Photo:こんな小さな花でも、咲いていてくれるだけで、可愛いな〜ってほっこりして嬉しいものです】

朝晩すっかり寒くなりました

朝、ファンヒーターを付けると、液晶表示で出る室内気温は12度です

もう11月も半ばですしね、、、当然と言えば当然かもしれません


今日は無価値感について書いてみたいと思います

「何かをしないと自分は価値がない」と思うことを【無価値感】と言います


わたしなんかも過去はそうでした

無価値感があると、例えば無意識になにか問題を見つけて解決しようとしたりします

問題を解決していくことで、なにか達成感があるのでしょうが、問題としなくてもよいものを問題視したりしがちでした

わたし自身、問題視して見る癖が常にあったかもしれません

また、自分のことよりも、相手のことを優先してしてあげるのだけど、、、なにかいつも自己犠牲的であり、安堵感というか、肚からの落ち着き、自分の納得からの選択にはなっていないのです


何かの役に立つことで、自分というものは価値があるのだ、と、無意識に思おうとして、無意識にしているんですよね

だから、役に立たなかった場合や、何もできない場合に「自分なんて」と落ち込むし、何もしない、ということが、出来ないんですね

ぼーっとして家でダラダラ過ごしていたり、のんびりなにもせず過ごす、ということができなかったりします


無価値感って、結局は「自信のなさ」が根底にあるんですよね

「なにもしなくても自分は愛されるのだという自信」、「ただいるだけで自分は自分でいる価値があるという自信」が、ないのです

だからこそ、何かを得て、自信をつけよう、何かしていくことで自分の価値を高めよう、とするのですが、穴の開いた入れ物に水を注ぐようなもので、いつまでたっても「本物の自信」というものは得られないんです

行動、そしてそこからの結果というものは自分という者が成した産物でしかないのです・・

ですから、何かを得て自信をつけようとしても・・・ 

自分の外側、鎧のようなものを強化することだったり、おまけをくっつけることにしかならないのでしょう


少し考えていただけば分かると思うのですが、産まれたばかりの赤ちゃんは、ぎゃあぎゃあ泣いていても、うんちを漏らしても、「ただいるだけで」そもそも皆に喜ばれる存在なのです

小さくて可愛いから、愛されるのでしょうか??

弱い存在だから許される?

そんなことはありませんよね

親にとっては、子供が元気でいてくれるだけで嬉しいし、ただいてくれるだけで、生きていてくれるだけで、喜びなんです

なのに、どうして、いつから、そのように「何かをしないといけない」「何かしていないと認めてもらえない」「ただいても愛されない」と思ってしまったのでしょうか?


無価値感はただの【思いこみ】なんです

おそらく、思いこみの原因はほとんどの方が幼少期に遡ります

親が、自分が何かをすると喜んでくれる、頑張ることで褒めてくれる、上手く行ったときだけ認めてくれる。。。

または、先生から褒められることで、認めてもらえる、学校での立ち位置ができるのだ。。。と、勘違いしてしまって、どんどん無意識の癖が出来上がってしまうんですね

「いい子でいないと愛されない」「いい子でないと認めてもらえない」という思い込み、無意識の思考、行動の癖、です


要するに、条件付きの愛を経験してしまったときに、多くの方が「無価値感」を持ってしまうのだろうと思うんですね。。

これは決して珍しいことではなく、親や先生も自分自身に無価値感を持っていたりします。。。

虐待やDVのように激しい症例ではなくても、同じように連綿と受け継がれてしまうのです。。。



無価値感があると、何かをして成し遂げたとしても、いつまで経っても満足感が得られず、頑張り過ぎてしまって、自分に疲れます

そして本来は自分がやりたくてしていると思っていることも、実はこころの底の本心では気付いていて、したくないことなので、どこか他人事で、何か上手く行かないことがあった時に他人のせいにしたりします

「こうすることがいい事」「こうしてあげたら喜ぶはず」ということをこれまた思い込んでいて(笑)(=相手に確認していないので相手が望んでいることではない)、自ら選んで相手にしてあげてるはずなのですが、してもらった相手にしたら、してほしいことではないし、だからあんまりしてもらった内容は嬉しくはないんだけど、そうしてくれる事(気持ち)はありがたい、と、相手にも「どこか自分のことを思ってくれてるようで自己満足なんだろうな」というものもうすうす見抜かれてしまうものです

なのでせっかくの行為が、気遣いの押し付け、ありがた迷惑にもなりやすいかも知れません

あとは、利用されてしまったりもしやすいのかもしれませんね

「この人は、言えば何でもしてくれる人」と利己的に考える方に握られてしまったら、アッシー君、めっしー君のように都合のいいように使われてしまうのでしょう


みんなみんな、本来はただいるだけで価値があって、愛される存在なんですけどね

それに気付くと、一人でいても満足だし、なにもしていなくても満たされてるし、本当に楽なんです

したいことしかしていない(なにもしないことも選べる)から、どんなことがあっても傷つかないし、どしっと、自分の真ん中が揺らがず安定している感じです

みんな、楽で楽しい方がいいんじゃないのかな〜とわたしは思うんですね

変えたかったら変えられますよ、本物の自信はつけられますよって感じですね

自分がどうなりたいか、どうなっていきたいか。。

自分が変わろうと思えない限り、人って変わらないものなんです

ぶれない自分軸は作れるんですよね

2017/11/14 課題を越えると世界が広がる  

今日は雨です

昨日近所の圓光寺に紅葉を見に行ったので、タイミングが良かったです

雨の紅葉も風情があっていいかもしれませんけどね



今年初めは「焦らない」がわたし自身の課題でした

始めは課題とも分かっていない状態から、気付き始めて、感覚としてどうあれば焦らないかやってみて、「焦らない」ということが出来るようになってから、少しずつ仕事も流れ始めました

ほんとうに意識と現実面とは繋がっています



収入の面、仕事の面で焦っていたから、変な人も引き寄せてしまって、今年前半はいろいろと大変な目に遭いました

全部、自分が招いてる事ですからね。。

言い訳はできません

 


いつでも課題ってやってくるもんです

最近は、新たな課題と思えるものにも、気付いてはいて、でも「どうしたらいいんかな〜」って悩むばかりです

わたしの中でも大物の課題な気がしてます


 

今日息子と別件で話していて「今お母さんこんななんだー」って話したら

「たしかに、そこお母さんにとって大事かもよ」って言ってまして

「俺は中学の時そういう経験結構あったから、クリアした」って言うので

「どうやったん?どう考えた?」なんてLINEで会話しました

こんな話も対等にできるようになったんやな〜って嬉しいですけど一丁前なこと言うな〜とも思います

でも、こと、人との事に関しては、わたしよりずっとずっといろんな経験をしていて、リーダーとしても経験が豊富なので、息子とはいえ素直に聞ける部分です


 

そんな感じで、今日はなにか課題に若干執着しております

これを越えたらまた上がれるな〜現実が変わっていくなぁとわかってはいるんですが気が重い感じです



上手く行かないことばかりに気を取られると、いや〜な気持ちになってしまうんですが、冷静になってみると、5年前よりは幸せな自分、去年よりはさらに上がってる自分、最近の楽しかったこと、なども思うと、なにかほっこりして、またいつもの自分らしく戻れます



上手く行ってない自分も含めて、上手く行ってるんです

気付くべき時、課題がやって来た時に、逃げずに対処することで、対処できるようになった時、さらに人間としての器が広がって、あらゆるものも流れが良くなりますのでね〜

わたしの場合は「こころ」というものを扱うお仕事ですから、特にいつでも自分自身が課題を乗り越えることをしていきながら、成長し、成長の実感を深めることが、またさらにクライアントさん達が同じようなことに遭遇した時に、どうしていけばいいかをしっかり感覚としてお伝えできますのでね。。



セッションしていても、おそらくクライアントさんよりなにより、わたし自身の方が成長させられてるな〜ってすごく感じます

セッションの都度、自分自身について気付くことがいっぱいあります

「教学相長」=きょうがくあいちょうず、って言いますしね

まだまだだといつも思います



一生成長、一生学び、ですね

人生の中で、成長に終わりなんて、ないんですね



 


2017/11/12 「いい人でいる仮面」を脱ぐ  
【Photo:これはフェルト製の食虫植物で名前はPinacoと名付けました。 テキスタイルスクールに在籍している時作ったものです。仮面を被るではなくて、おサルが帽子を被るみたいになってますが。。】

穏やかな京都です

ゆっくり起きてシャワー浴びましたもうお昼です笑

お茶飲みながら一筆書いてみたいと思います


他人に嫌われたくないんです、と仰る方は多いです

「嫌われたくない」「いい人と思われたい」と思ってらっしゃること自体は全然悪いことではないと思います

ただ、「いい人と思われたい」と思ったときに、相手に無意識に合わせてしまうから、時に自分自身がキツくなってしまったり、自分の思いとはズレていってしまうんですね

合わせることは自分を偽ること、だから辛いんですよね


クライアントさんの例で、こんなことがありました

お客さんからの問い合わせがあって、担当者が不在だったので、良かれと思って代わりに対応していたところ、最後になって担当者じゃないと分からないところが出てきて、そしたらそのお客さんが「担当者がいないんだったら、最初から言ってよ」と怒ったそうです

そこで、クライアントさんは怒らせてしまった、と思って謝ったそうなのですが、あとで嫌〜な気持ちが残ったそうです。。


嫌な気持ちになった時に、その嫌な気持ちで止まってしまって、【その先の思いを感じる】までしない方がとても多いです

この場合で言うと、何故自分が嫌な気持ちになったのか?というと、自分自身は誠意を持って、むしろ良かれと思って対応したのに、お客さんに伝わらないどころか、お客さんが怒ってしまった

そして、自分の気持は無視して、謝るしかないからと「謝る」ことをしたからですよね


【自分の主張をすると対立する、嫌がられる】、と思い込んでると、「謝るしかない」と思うかもしれません

また、社会人として、一般常識として、「お客さんを怒らせたら謝らないといけない」と思っていると、対応としてそれしかない、と思うかもしれません

でも、細やか〜に、細やか〜にみていきますと、「わたしがしたことはお客さんのためを思ってしたこと」であり、そのことについては謝る必要は全くなくて、謝るとしたら「嫌な気持ちをさせたこと」について謝ればいいだけ、なんですね

その時に大事なことは、「相手はなにについて怒っているか?」です

怒ってるポイントは、【相手に細かく聞いてみないとわからない】んですよね

額面通り受け取れば、最初に「担当者は不在ですのでわたしがよろしければ代わりに対応させていただきます」と伝える事が足らなかったのかもしれないし、もしかすると対応していく中で、何か聞き方が悪かったのかもしれませんね


「わたしのしたことが悪かったんだ」と大きくざっくり捉えてしまったり、または怒ったという事実にただ単に反応してしまうと、自分が全部悪いように思ってしまいがちですが、そうではなくて、細やかに見ていって、細やかに相手に聞く、自分の思いを正直に伝えることをしていくと、意外と怒ってると思ってたポイントがずれていたり、思い違いや勘違いだったことがわかったりします


人に嫌われたくない、と無意識に思っていると、コミュニケーションにおいて細やかに見て対応していくことが全く見えなくなってしまい、ただただ合わせればいい、になってしまいます

「社会においては合わせないと上手く行かない」と思い込んでいると、社会に出た時に「いい人でいる仮面」を被る必要があり、自分が疲れてしまいます

そうではなくて、自分の思いも大切にし、相手の思いも細やかにみていって大切にして対応できたときに、全てが上手く行くようになります


私共のコーチングでは「ありのままで幸せを感じて生きられるようになる」コーチングです

「わがまま」と「ありのまま」は違うんです

主張することが「わがまま」だと思っていると、相手に伝えられません

「わがまま」は自分だけのことを通そうとすること、「ありのまま」は他人も自分も生かして皆が調和して自然で楽でいること、です


自分の感情のその先を感じ、相手にも細やかに聞き、自分の思いを細やかに伝えた時、コミュニケーションが上手く行くようになり、相手も自分も生かすことになります

それこそが「ありのままでいる」こと、なんですよね

「いい人でいる仮面」を脱いだ時、自分らしくて人間味溢れるから、もっと人に好かれ、自分自身もとても楽で、もっともっと幸せを感じられる自分になれます





2017/11/10 人を見下す、揚げ足を取る人  
昨晩から今朝にかけてだいぶ冷え込みましたね〜

少しずつ冬の足音が近づいてる気がします


今日は人を見下す人、揚げ足を取る人について、感じることを書いてみたいと思います


人を無意識に見下したり、揚げ足を取ったりする人っているんですよね〜。。

実は私の知り合いにもいらっしゃいます

その方はもうおそらく、無意識になってるんで、本人は気付いていないんですよね。。。


わたしは顔が丸いので、わたしのことも「まんまるちゃん」とか言ったり、容姿をけなしたりもするんですよね

親しみを込めて冗談でしているのかもしれませんし、笑って済ませてますが、やっぱりそんなことが続いてくると、だんだんと不快になってくるんですよね笑

それで、話を聞いてみると、やはり、奥さんからよくけなされているようなことを仰ってて、、、

「なるほど、奥さんのこともけなしてるんやろなあ〜」と分かるわけです

例えば、どこかお店に行っても、店員のちょっとしたことにケチをつけたりしてるので・・・

無意識だからこそ、厄介なんですね

マイナス面に目を向ける癖、ダメなところを見る癖、というものに、ご自身、全く気付いていないんですよね


無意識に人を見下す人は、自分の立場を優位に保ちたい、という無意識の意識があると思うんです

顕在意識で「優位に立ちたい」と思って、やってるわけではないんですね

どこか、こころの奥底に、自尊心が不足しているか、劣等感があるから、無意識に自分自身の意識が働いて、誰かを下げることで、自分を保とうとするんだと思いますね・・

「隠し〜きれない〜移り香がぁぁ〜」と石川さゆりさんの「天城越え」を歌いたなってきますね笑

無意識の意識は〜隠しきれないんです。。。


人をいじって笑いを取ろうとして、陰で嫌われてる男性も沢山いますね笑

笑いとしてはとんねるず的な笑いの取り方ですけど、、、

もう時代的に古いんですよね。。。笑

結構イタイと言いますか、その方は笑いを取って場の中心にいるような気でいるかもしれませんが、周りはよーーく見ています

プラス面での笑いじゃないもんで、言われた方は「あいつなんや?」みたいにあとで言われてることも、よく遭遇しております



なんか分からないけど、人からあまり好かれないとか、身近な人と親密で仲良くいられない、といったような自覚症状がある方は要注意です

ダメなところに目が行く癖、マイナス面を探すことが、癖になっているかもしれませんよ〜




2017/11/09 「売り込み」と「お知らせ」の違い  
今日は夕方飲みに出るんですけど♪楽しみなんですけど♪

その前に思いついたので待ち合わせに遅れぬようちゃっちゃとブログを書いてみたいと思います


わたしは自営なので、いろんなお仕事されてる方とお知り合いになるんですね

出逢ったときに、すごくいいな〜興味あるな〜と思ったら素直に「今度見たいので見せてください!」とか「食べてみたいです!」「それ欲しいです!」って言うんですけどね

意外と、そのあとに、見せてくれたり、紹介してくれたり、売ってくださる方が少ないんですよね

なんでなんかな〜?と思うと、おそらくですが、「売り込みしてる」と思われたくないからなのかな〜と思うんですよね

でもね、それって、思い込みなんですよ。。

「売り込むのが悪」と思ってるから出来ない・・・


わたしは「欲しい」「興味ある」「見たい」と言っているのに、無視されてる感じに思っちゃうんですよね

それがまあ、そこまで欲しいものじゃなかったり、他にも売ってそうだったりするとですね、残念ながらそれまで、になっちゃうんですよね。。

実に惜しいなあと思うわけです

売る側は売れれば嬉しいと思いますしね・・わたしも何かお役にたてたら嬉しいな、と思うから声を掛けるわけです

自分自身も、いい物に出会えたら、嬉しくなるわけです

ですから、売り手側は、相手への思いやり、サービス向上の観点から、どうしたいか?聞いてあげればいいわけです

「こないだこうこう仰ってましたけど、見てみますか?」

「凄く美味しいですよ、食べてみます?」とか言って、試食できるんだったらさせてあげればいいんですよね

「ちょっと触ってみます?羽織ってみます?」とかね


なぜ、それが出来ないか?!ということ。

根底には自信のなさがあるんだと思うんですね。。

自分の選んだものが、いいと思えないんですね

もしくは、自分はいいと思ってても、人様にほんとうにそう思ってもらえるかどうか・・・と考えてばかりいても、試してもらわないことにはわからないんですね

誰でも好みがありますし、ニーズがありますので、その時もし合わない、要らないわ、またにする、となっても、商品そのもの、ひいてはあなた自身が否定されるわけではないですね

そこのところをしっかり理解していないと、その商品を欲しくて必要としている方に、商品の良さを分かってもらえないし、その方が商品を使う喜びの機会を奪ってしまうことになるんですよね

自意識で止まってしまってるから、買い手の心理やニーズを理解しようとする意識が働いていないのかもしれません。。


「売り込みすること」と「おしらせすること」は似ているようで意識が全く違います

「売り込み」は一方的であり、「お知らせ」は相手のニーズを引出し、機会を提供すること、なんですね

ちょっとした意識の違いなんですけど、積もり積もると大きく結果に左右してくると思います

結局、その方が使うことで、その方の背後には、何百、何千の人脈があるわけですから、一つのきっかけって大きいんですよ

せっかくいい物を作ってたり、扱ってるものがいい物なのに、「お知らせ」できなかったらもったいないですね

売ることって、ただただ「お知らせする」だけなんです





2017/11/07 イライラしちゃうのは何故?  
今日は立冬だそうです

立冬にしては最近は暖かい日が続いてるかな〜という気がしています

紅葉も段々見ごろを迎えてますので、この時期見逃さないように出来るだけたくさん素敵な景色を観に行きたいと思っています♪


昨日のことなんですが、買い物に行った時、自転車の鍵を外して走り出そうとしていたらですね、大声が聞こえました

「こらぁ!な〜にやってんだ!歩道でバイク走らせるなっつんだこのボケ!」っておっさんが言ってまして・・

こらぁ!のとこで、大声でびっくりしたんですよね。。

関西の方って、「ボケ」とか巻き舌で言うから、めっちゃ怖いんですよ・・

バイクの方は、たまたま、バイクを出したばかりで歩道を走ったというよりかは、公道に出ようとしていただけ、なんですけどね・・・

人物観察が好きなわたしは、その後、そのおっさんの後を、一定距離で近づきすぎず追って観察しました。。。

でも別になにもなく、その後は落ち着いてましたね

いつもこんなんやろな〜と思って、こういう方とお知り合いにならないよう、行動を気を付けようと思いましたね。。


あのおっさんはイライラ、怒りを溜めてるんだろうな〜って思いましたね〜

なので今日はイライラについて書いてみたいと思います

他人に対してイライラしてしまう方は、多くの方が経験していると思います


イライラの原因はいろいろあると思います

他人を見て「どうしてこんな当たり前のことができないのだろう?」と思ってしまったり・・

「またか」と「何度やれば分かるんだよ」と学習能力のない人を見て毎度イライラしたり・・

嫌な言葉を掛けられ「なんであの人にこんなこと言われなくちゃないんだろう?」と思ったり・・・

自分自身が思うようにできなくて、イライラしてしまったり・・・・

お子さん見ててイライラ・・・なんて、世のお母さん方は皆共通と思いますので・・・・・

原因は様々あると思います


ご自身がイライラしがちな【パターン】があると思うんですね

相手に、自分のことを当てはめてしまって、出来ていない場合にイライラしたり

または完璧主義で、なんでもきちんとできないと気が済まない方は他人にも自分にもイライラしがちですし

あとは体調にも左右されがちかと思いますので、女性だったら生理の時とか、こんな時自分はイライラしやすいな、と知ることから、かもしれません


他人を見てイライラした時、「その人にイライラさせられた」と思いがちなんですが、、、

全て、全てですよ「自分が持ってるもの」に「自分が反応している」んです

そこのところを理解していないと、いつでも相手のせいにしてしまって、何も変わりません

自分が持ってるものが、反応しているんだな、と思ったとき、「自分の中にもっているものはなんだろう?」って思えると思います

持っているものは「観念」なんですよね。。。


イライラは、持ち続けているものに反応しますので、吐き出すといいですよ

吐き出すことと、その「観念」に気付くためにおススメしたいことは「書く」ことです

「書く」ことで、他人を巻き込まず、安全に吐き出すことが出来ますし、文字にすることで客観的に自分自身を見つめることが出来るんですね

私共のコーチングでも、「書く」ということをすることで、セルフコーチング(自己対話し、自己解決できる)ができるようになっていきます


こころを、なるべくクリーンにしていくことで、どんなこともイライラせず、起きたことに執着せず、ゆったり流せるようになりますよ

全ての原因は自分の中にある、自分の中を変えていこうと思える方であれば、間違いなく良くなっていくことが出来ます







2017/11/05 「〜しなければいけない」と思うことの弊害  
穏やかな日差しがレースのカーテンを通して、彩りよくリビングに降り注いでおります

寒くなってきましたが、わたしは昨日灯油を買いまして、冬支度も万全です


最近、セッションしていて、ほんとうに「〜しなければいけない」と思って自分のお尻を叩いて、気持ちを奮い立たせて毎日を過ごしている方が本当に多いのだなーと実感しています

物事に「いい・悪い」はないんですけどね、、、

でも、「〜しなければいけない」と思って毎日過ごしていくと、どんな弊害があると思いますか?



「〜しなければいけない事」というのは言い換えれば、「したくないのにするべきこと」と自分で思ってる事、ですね

ご自身の正直なところの気持ち、本音は「したくない」なんですよ。。

したくないことをしていると、身体もしんどいです

頭は痛くなるし、腰は重いし、胃もおかしくなります

こころと身体が不調和になるんですね。。。


それから、「〜しなければならない」と思うことばかりしていくためには、「したくない」「嫌だ」の気持ちを押し殺していかなくてはできないんですね

なので、「嫌だ」「しんどい」「苦しい」といった感情を、自分自身感じないように、感情に蓋をしていくことになります

感情、感性が鈍感になっていくんですね

そうすると・・・嫌な感情、負の感情だけではなくて、嬉しい、楽しい、喜び、すがすがしさ、幸せ、感動というものも感じなくなっていっちゃうんですね〜。。

無気力、無感情、無感動人間になっていきます

自分が何が好きなのか?何に喜びを感じて、何をしている時が楽しくて、ほんとうにやりたいことがなになのか?が自分のことなのに分からなくなっていきます

何かを「しなくてはいけない」ことばかりに気持ちが追われている感じで、ホッと安らいだり、ただいるだけで幸せだな〜♡と感じることができなくなります・・・


まずは「〜しなければいけないことなんてあったっけ?」って自分に質問してほしいんですね

「しなければいけない」と思ってるけど、実は自分自身が選んでいるということも、お聴きしてみるととっても多いです



「仕事が嫌だ嫌だ〜」と言ってますけど・・・

嫌だったら辞めたらどうですか?

嫌だ嫌だと言いながらお給料頂いて暮らせてるんじゃないんですか??

えーーっとすいません、お給料もらってるくせに、文句ばっか言ってませんか???ってとこですね

都合いいところばっかり取っていて、文句を言っている自分に気付いてください

お給料もらえることは、当たり前なことじゃないんですよね

世の中、お仕事がなくて、貧困に喘いでいる方も多いですし、自分で事業を始めたら、自分の力で収入を得ていかなくてはいけないんです

お給料もらえることは、とってもしあわせな事、なのです


したくなくて「しなければいけない事」ではなくて「わたしが選んでいるんだ」と納得し、腑に落ちた時、「どうせやるなら楽しんでやろう!」になります

「やりたくないこと」から「やりたくて選んでやっていること」に気持ちが切り替わると、こころと身体は正直なので、スムーズに動くようになります

仕事をやっていく中でも自発的に、積極的になりますから、上司などにも認められるようになります

それが本当の内側からのモティベーションです


「しなければいけない」と思ってしんどい方は、「しなければいけない」と思ってることを、丹念に、丁寧に、じっくり感じてみてくださいね








2017/11/05 勝ち負けの意識  
今日はもう11/5で、11月に入ったと思ってたらあーっという間に5日もたったみたいです

時の過ぎるのが早すぎてついていけてないわたしです


さて、勝った、負けた、と、人と常に比べて、勝ち負けにこだわってしまってる方も世の中少なくないようです

特に、男性に多いかな〜って感じはしてます

以前お付き合いした方もそうみたいでしたね

なぜか女のわたしにも勝とうとしてくるので、あえて勝ちをくれてやってました笑

どうしても憎たらしい時は圧倒的に勝ってあげました笑


わたしには、「勝ち負けにこだわる」という意識がないので、なぜそう、いつでも誰でも勝ち負けで考えるんやろな〜って思ってしまいますけどね。。

比較されて育ったとか、なにか負けん気が強いとか、あるんでしょう

勝ち負けを意識して挑む、ということも、時には有効に働き、有益であることも多いと思います

ただ、やはり、戦ってもない時に、勝ち負けの意識が出てきてしまっては、しんどいんじゃないのかな〜と思うんですね

しんどい、と思う方だけ、読み進めていただければ〜と思いますが〜


はっきり言ってしまうと。

勝ち負けにこだわる方はおそらく劣等感が強いんじゃないかと思います

自分の価値というものを心底認めていれば、人と比較しても仕方がない、ということが腑に落ちていますから、勝った、負けた、といちいち思わないと思うんですね

オンリーワンで唯一無二の自分、というものは、この世にたった一人しかいなくて、比較対象がない、と分かってたら、比べることが無駄だ、って思え、どっしりしてると思うんですね

自分の周りの人たちを、一人一人の個性ある人間であり、いろんな経験があり、いろんな環境で育ってきた、と肚から理解していれば、みんな全然違うので、比較したって仕方がないし、比較しようがないとわかると思うんですね


あとは、勝ち負けの意識がある方は、二極思考なんだろうと思います

いい悪い、損得、男女など、極端に分けて考えがちなのかな〜と。。

どっちかが上で、どっちかが下、と考えると、いつまで経っても安心しませんね

常に常に、上でいないと気が済まないから、周りがみんな敵になってしまいます

気が休まる暇がないですね〜。。。


勝ち負けにいつでもこだわってしんどい方は、他人と比較するのではなくて、「自分」の中で比較できればいいですね

昨日の自分と今日の自分を比較し、過去の自分とこれからありたい自分を考えて、少しでもよくなるようしていけば、どんどんよくなるしかありません

私共のコーチングでは振り返りシートというものを使って、毎日振り返っていただきます

多くの方が、他の人とは比較するくせに、毎日、自分というものを意識して、昨日の自分と比較することをしていないのです

意識せず、無意識に過ごすから、一年前とは変わらない自分、というものがただただ続くのです

そして一生が終わる。。


勝ち負けの意識だったり、比較だったり、不安な気持ちだったり、負の感情って「よくないもの」と思いがちで、「思わないようにしよう」「無くしていこう」と感じていることを否定する方がすごく多いです

この世に存在するものは全て「使いよう」なんです

時と場合によっては使えるし、必要だからこそ、あるのです

負の感情をなくそう、なくそう、とするのではなく、使いたいとき使えるよう「感情のコントロール」ができれば、自由自在に思いのまま生きられます

思いのまま生きられるから、人生がすごく楽しいんです


イチロー選手や、ボクシングの村田諒太選手や、ジョッキーの武豊選手など、一流のアスリートの方は、他人となんていちいち比較してないと思うんですね

誰かより勝とう、上でいようとすると、無駄に力が入り「自分」から逸れて行ってしまうと思いますから・・

常に昨日の自分より今日の自分、「Do My Best」を尽くした先に、誰も到達できない、真似できない世界があるのだと思います

だから勝ち負けにこだわってるうちは、そこ止まりだと思います

本物の自信がついてくると、いい意味で、他人が関係なくなってきます


ほんとうの敵は、己、自分自身、なんですよね

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