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ブログ【答えはあなたの中にある】

2017/10/04 「自分を知る」ことの意味
 
本日、HPをリニューアルし、公開しました〜

これまでは、自分で作ったHPで、見栄えがイマイチだったのですが(^^;
だいぶ見やすくなったのではないかな〜と思いますし
デザインも、リウムさんのおかげで、以前よりぐっとよくなったと思います

プロ仕上げで素敵に仕上げしてくださった、リウムさんに感謝です♪


本日は午後から、セッションでした

アドバンスコースという、最後のコースに入られているクライアントさんです

アドバンスコースでは、「自分を知る」というところを深く掘り下げていきます

自分自身、って、世の中、意外と知っているようで知らない方がほとんど、だと思います

1割もいないと思いますよね〜 5%、いや、2%くらいかもしれません

ばくっと、ぼわ〜っとは自分のことが分かるけど、そこから先の、細かい部分まで自分のことを知っている方なんて、ほんの一握りと思います

多くの方が、一般的価値、固定観念に侵されてしまっていると思います。。


「自分を知る」と、どんな価値があるのでしょうか?


まずは自分を知ると、あらゆる答えが見つけやすいです

一般的にこう、とか、普通こうでしょ、ではなくて、例えば「わたしはこういうことが好きだから」ということで選択しやすいですね


それから、とっても安心します、安堵感に包まれます

「自分はこれでいいんだな!」って、納得し、再確認する感じですね

やっぱりこうだよな!って、わかってはいたけど、割り切れなかったものも、納得で決められます


または、自分を知ると、他人のことも理解できます

自分自身が、この世で、唯一無二の存在、と知ると、他の方も皆唯一無二の存在なのだ、と深いところで理解します

自己尊重が出来ると、他者尊重も出来るんですね

オンリーワンの存在なので、ライバルが消え、他人と比較して辛い、ということも無くなってしまいます


それから、自分を知ると、自分を生かす方向に、考え方行動が変わっていきます

自分を生かせると、そもそも持っている個性ですから、無理せず、楽に上手く行くようになるんですね

努力、ということも、したくない努力、ではなくて、「やりたいからやる努力」に変わり、自然に頑張るので、疲れないんですね

自分に合った環境はどこか、ということも分かってきますし、どうあろうと、自分の自由なんだな、っていうことも、本当の意味で理解します


結局、自分を知ると、とにかく楽で、安心感で、なんか嬉しくて、笑みがこぼれて、ほんとうにやろう、がんばろう、って思えるんです

叱咤激励したり、しなければいけないと思って頑張ったり、やりたくないのにやるのとは違って、本物のモティベーションが出てくるんです

それは「やりたいから、なんとしてもやる」なんです

そうなった時、どんな方も敵わないパワーが出ます

だから、自分を知ると、ほんもののモティベーションが出てきて、現実化が加速するんです

ほんとうにありたい人生に向かい、自分らしく、楽しく、ワクワクして生きれるようになるんですよね

「自分を知る」ことって、最強なんですよ






2017/09/06 一日一生  
今朝、起きて瞑想してまして「わたしはうまいこと乗り換えたな」って思いました

サラリマンだった頃、例えるなら何でも揃った、大きな豪華客船に乗っていました

いまは小さな小さなヨットです

大きな豪華客船に乗っていた時は、安心感は大きいのですが、圧迫感というか、重圧感がハンパなかったです

わたしにとっては、重苦しくて、不自由で、自分の価値感には全く合っていなかったです

だから、今はちっぽけなヨットなんですけど、すごく自由で、なにをやっても、どこに行ってもよくて。。。

ヨットを操縦する責任はありますが、それも自分次第でいかようにでもなる、この乗り物がすっごく合っているみたいです

いまが人生で一番幸せです

選んでよかったな〜と、しみじみ思いますね



「一日一生」って言葉があります

一日の生き方が一生に通じる、だからこそ、一日一日を大切に、悔いなく生きよう、ってことだと思います

辛い毎日が続けば、「辛い人生」

悲しいことを引きずってたら、「悲しい人生」

逆に毎日が楽しくて、幸せ感じられたら、「幸せな人生」になるんですよね


以前のわたしはそうだったのですが、気付きがあると、何か成長した気がして、気分だけ上がっていたのですが、気付きがあったことを喜んでるだけでは「気付きの人生」なだけなんですよね

行動が変わらないと、現実面では何も変わっていきませんしね


「〇〇さんに、こうさせられた」「○○がこうしたから、こうなった」と自分に起きた何かの出来事を誰かのせいにするとき、そこには必ず「依存心」があります

誰かに何かさせられた、ということは一切なく、自分の中で決めたこと、選択したことしか、自分自身はできません

ですから、「何かさせられた」ではなくて、断れなかったり、つい言いなりになってしまう、流される自分がいる、ということですね

自分には、断る、意見する、離れる、他の選択が必ずあります

それをできない、もしくは選ばない自分がいるということです

ついやってしまう癖があるということ

単純です

物事を人のせいにしていては何も始まりません

まずは「自分が変わらないと」と思えるかどうか、「まずは自分なんだ」と気付けるかどうか、そこから人生の結果は大きく変わっていきますね


わたし自身、いま、こんなに幸せな気持ちで暮らせるようになるなんて、ほんの5年前には思いもしていませんでした

自信がなかったからいつもくよくよしていたし、何かがあると他人のせいにしたり、他人の意見に流され、ぐらっくらしていました

いまは、なんか、「ただある」だけで、幸せなんですね

自分が全て選択できる、誰にも自分の人生は邪魔されない、いつでも自由、ということを知ったからだと思います

ぶれない自分軸を築き、わたしという人間をとことん認め、自分を知ったから、あとはどう操縦していくか、生かしていくか、だけなんです

経済的に不安定なんですよ笑

でも、幸せなんです

だからもう、毎日幸せだから「幸せな人生」になってますね〜


幸せって、お金をたくさん持っているとか、大きな家に住むとか、そんな風に思っている方が世の中多いと思います

そうじゃないんですよね〜。。。

お金持ってても、大きな家に住んでても、幸せじゃない方がどれほどいることか・・・笑


やりたいことをやって、行きたいところに行けて、誰にも左右されず思い通り生きれる!!

そうできる事こそが幸せです


そうなりたいかどうか?決意できるか?選べるか?だけで、その後の人生は変わります

変われるためのツールはあるんです

わたしはいますごく幸せなので、同じように多くの方に味わってほしいんですよね〜














2017/09/04 自分を生きていますか?  
だいぶ涼しくなりましたね〜

朝晩、肌寒くなって、タオルケット以外にちゃんと掛けないと寒く感じます


先日、日野皓正さんが学生にビンタしたという映像が報道されてました

それに対し、さきほど、ご本人がインタビューを受けているところを拝見しました

これは個人的感想ですが、まっとうな大人でよかったな〜と。。

まっとうな大人がいてくれて、まだまだ世の中、捨てたもんじゃないな、と、そう思いましたね


現に、ビンタされた当の本人の中学生が「自分が悪かった」と言っているみたいです

ビンタをする既成事実そのもの、ではなくて、「一人勝手な行動をすることが、いけないことだ」ということが、まさに伝わってる、ということですね

ビンタした目的は「やっていいこと、悪いことを教える事」だったろうと思いますから、伝わってる時点で日野さんの指導は成功しているわけです

当事者間でのコミュニケーションが成立している以上、外野が何を言う権利があるというのでしょうか

中学生が勝手な行動をしているのも映像には映っていましたし、わたしには、ビンタが悪意があるようには全く見えませんでした

ビンタしてもいい、と言っているわけでもなく、勝手にドラムを叩きつづける勢いからは、あのくらいのことでないと制止できなかっただろうとも思うんですよね

日野さんご自身と、「ビンタは体罰だ」という人とは、みている先、話している矛先の次元が違うのだと思うんですよね


世界的な演奏家はやっぱり違うと納得しました

あのような場合に、日野さんの立場だったとしたら、沢山の記者に「ビンタしていいのか」と責められたら、多くの方が「とりあえず謝っておこう」となるかもしれません

世の中に責められたら、多数決の数の差で、自分が悪いと思い込んでしまうかもしれません

他人に言われてすぐ変わってしまうような考えは、自分自身のしっかりした考えではありませんよね

ポリシーがあって、しっかりとした自分の中での考えがあった上でしたことであれば、他人にとやかく言われたくらいで変わるものではありませんね

周囲に責められても、自分の考え方、指導の仕方、中学生に対する思いを通してらっしゃいましたし、むしろ「お前らが文化を潰している」と仰いました

いやあ、日野さん、よかったです。。。よくぞ言ってくれました、という気持ちです

全くもって同感です。。。

みんな違って、一人一人いろんな考え方があって、個性が伸び、自由な発想、創作から、文化というものはうまれると思いますから「いい・悪い」の二者択一、画一的な考え方は、人を縛り付け規制する事にしかなりません

近年のマスコミの在り方にはわたしも疑問を禁じ得ませんので、今回、日野さんのコメントをお聴きして、何か非常に気持ちがスッキリしました

あまりにも、個人間のことに、首を突っ込んで、いいだの悪いだの、どうでもいいことをマスコミは取り上げすぎなんじゃないかと思うんですね

まあ、マスコミはそういうお仕事ですから、立場的に仕方がないのかな、というわたしの中で情状酌量的見方もなくはないですが

最近のマスコミは、世の中に悪影響しか及ぼしてない気がします


人のことに首を突っ込めるのは、はっきり言っちゃえば暇だからだと思います

わたしは2011年3月に、東日本大震災を仙台で経験しました

あの時は、みんなが、生きることに必死でした

今日食べるものもなくて、お店では5時間並んで買えたのは一人5点まで、チョコレート菓子を身近な人同士分け合って食べたり、自販機でも買えなかったので、飲み物も摂れず、ガソリンも買えなかったようですから、車でどこかに行くことも出来ず・・・自分が生きている間にこんなことってあるんだ、とすごく感じました

戦後の日本ってこんな感じかな?と思いました

みんなが生きることに真剣でした

あのころは、人のことや、なりふりなんて構ってられなかったですね

だから、現在は平和すぎて暇なんじゃないかなって思います

わたしもそう言いながら観てるのですから、ある意味わたしも一緒やと思います、わかってますけどね


自分の人生を真剣に生きていたら、他人のことをとやかく言っている暇はないんですよね

暇はないというより、首を突っ込んだところで、自分にとってなにも関係がないことだから、関わること自体が全く無意味なんですよね

自分の人生をよくしていこう、と思ったら、やるべきこと、感じ、考えるべきことはいっぱいです

自分から目をそらしていると、他人のことをとやかく言いたくなるんじゃないかと思うんですね

「自分」を生きてたら、そんな暇はないんだと思いますし、他人にどうこう言われても、全く関係がないのです

日野さんのように、ですね

ぶれてないな〜かっこいいなと思いました



震災の経験は、本当に自分にとって大きな経験でした

あの時のことは一生忘れずに、いつでも「自分を生きたい」と思いますね







2017/08/31 わたしの思うすごい人、かっこいい人  
朝晩の風がだいぶ涼しくなりました

涼しいからクーラーをかけずに窓を開けて、いい風は入るのですが、あいにく、道路向かいの敷地も、二階も、工事中、、、、菅原受難の時です

「心頭を滅却すれば火もまた涼し」の故事のように、どんな環境でもこころが平穏でいられるよう、「ここは修業の時」とは思ってるのですが、「うっさいな!」って思うこともしばしば。。(^^;

 

人間がまだまだできていないようです

 

 

なにか、知識があるとか、すごく地位が高い人というだけで、「偉い方」「素晴らしい方」って思ってらっしゃる方が多いのかな〜って感じがしてます

 

たしかに、中身が伴っていれば、素晴らしい方なのでしょうけれども、よくよく拝見すると、偉そうにして、挨拶もろくに出来なかったり、下の方を見下げたり、差別をしたりする方は、素晴らしい方なのでしょうか?

 

難しい専門用語を並べ立て、いかにも知っているかのようですが、中身が伴っていなかったり・・・

 

知識は、その世界にずっといれば自ずと深まるものですし、自分より経験が長ければ、知識がより深いのは当然のこと、とも言えます

 

地位が高いことも、人間的にも優れていて上り詰めた方なら、「すごい人」って思いますが、ただ単に上司にゴマを擦ってのし上がっていったのかもしれません

 

知識とか、肩書とか、地位とか、名誉、そんな外側のものだけで、人間を測ることは出来ないな〜とわたしは思います

 

その方がどういう人間か?どういう思いを持って、家族に対して、他人に対してどのように接し、世の中に対してどう関わっているか?そんなことが大事じゃないかなって思うんですね

 

 

わたしがすごい人、を思い浮かべた時、頭に浮かぶのは、江頭2:50さんです

 

お笑い芸人であり、黒いスパッツを履いて、見た目も、芸も、決して綺麗とは言えない方ですが、すごいなーと感心したのは東日本大震災の時、借金をしてまで支援物資を集め、福島県いわき市まで自らが運転して被災地支援を行った、と聞いたときです

 

TVで芸を披露している時には、バカ丸出しのようにして、皆に笑われていますから、正直驚きました

 

借金してまで、というのはご本人の生活もあるので、無理をしてまでどうかな、、TVにもあまり出ていないし、生活が大変なのでは?と勝手に思ってました

 

でも、どうやらパチンコ店での全国営業で大人気で、すごく稼いではるそうです

 

また、ちょっと調べたら、生い立ちは非公開だそうで・・・皇室と関連あるんじゃないか?という噂もあるようですよ

 

いずれ汚れキャラなので、生い立ちをオープンにしたとき、身内に不都合な方がいたり、汚れキャラから一転、王子様キャラになっても笑えなくなりますから、その辺の配慮なのかもしれません

 

あくまで想像の範疇ですけどね

 

 

 

人の生き方、生き様にも色々ありますね

 

かっこつけたい、かっこいいと見せたいと思う人は多いと思いますが、そういう方ってわたしから見ると大抵かっこよくないですね

 

そう思って、そうしていること自体が、うっすらはっきり感じられますから、その時点でなんかダサい感じですね(^^;

 

取り繕ってる感満載なのです

 

わたしはかっこつけてない、むしろ汚れキャラを演じているけど、生き方としてまっすぐな江頭さんみたいな方がかっこいいなぁ、と思いますね

 

こころ、って見た目だけでは測れないものですが、TVで見ている芸人としての江頭さんではなくて、一人の人間として生活している時にお会いしてみたいです

 

きっと、きっと、まっすぐな純粋なこころの持ち主じゃないのかな?ってわたしは思ってるんですけどね

 

残念ながら素の江頭さんを拝見したことがないのではっきりしたことは言えませんが、きっと誠実ないい方というのが、お顔にも表れているんじゃないかなって感じはします

 

お顔、姿の造作ではなくて・・・なにか、目が優しかったり、目の奥が光っていたり、話し方、佇まいなどで、その方の感じが分かりますね

 

 

「人は見た目が大事」とは言いますね

 

見た目、とはいっても、ただの見た目の「形」「配列」「造作」であれば第一印象だけで、あとは、その方の人となり、人間性が、見た目にも滲み出てくるから、そう言う意味で見た目も、大事なんじゃないかなって思うんですよね

 

 モデルさんなんかでも、写真ではすごく綺麗に見えていても、実際動いているのを見たり、話している表情を見ると、好感が感じられなくて、美しいとも感じない、ということも、ままありますね

 

 

わたしはすごい人っていうのは、自分らしく、思いのままに生きられ、こころの幅、深さがある方が、素晴らしい方なんじゃないかなって思ってるんですね

 

わたしは自分らしく思いのまま、生きられるようにはなっていますが・・もっともっと、こころの幅、深さ、余裕のある人間になれるよう、どこまでも一生目指していきたいところです

 

わたし自身、ダメなところもいっぱいあるし、出来ていないところもいっぱいあるんですけど、わたしと関わってくださった方がよくなるような、優しい気持ちになるような、そういう思いだけは無くさないようにしていきたいと思っていますし、思いだけは本物、と自負しています

 

 

 

クライアントさんは皆さん、自分らしさを知って、思いのまま生きていけるようになりますので、みんなみんなすごい人になっていきます

 

人は皆、完璧でないからこそ、完璧なんですよね

 

お星さまがハートになろうとしたら、お星さまの良さが全く消えてしまいます

 

お星さまは、お星さまらしく生きる事こそが、完璧なことです

 

お星さまが、自分はとんがっているから、ダメなんだ、と、ハートになることが素晴らしいこと、と、頑張ろうとする事なんて、意味がないことだし、自分というものの本質から離れていってしまうことです

 

まずは自己否定しないことです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2017/08/30 おもかる石は重いですか?  
いま、イチジクを食べながらブログを書いてるんですけれども、イチジクって美味しいですね 笑

仙台にいた頃は、イチジクの甘露煮を作ったりしていたのですが、そういえば、京都に来てから、小さいイチジクが売られているのを見たっけかな?と気付きました

そこまで気持ちの余裕がなかったのかもしれません

やっと京都に馴染んできたのかな〜という風に感じています

もしお店で見かけたら、今年は甘露煮か、コンポートを作ってみようかな〜と思います^^


先日、土曜の朝の番組か何かで、伏見稲荷大社のことをやってましてね

来月、9月にですね、仙台からお友達が遊びに来るのですが、「一日は伏見稲荷に行く」と言ってたので、まじまじ見てました

わたし自身一度だけ行った事はあったのですが、意外と知らないことばかりやってました

中でも、「おもかる石」というものがあるそうですね

願い事をしてから、石を持ち上げてみて、予想より重かったら願いは叶わず、予想より軽かったら願いが叶うと言われているそうです

それ聞いて、なるほど〜と思いましたね

願いを叶えたい思いが強ければ強いほど、「持ち上げてやろう」と思うでしょうからね

逆にどこまでも他力本願では、そもそも願いなんて叶いませんしね

願いって、思ってるだけではだめで、自分がどう思い、どう行動していけるか、によって、叶うかどうかも変わってくるんだと思うんですね

おもかる石で、こころの在り方が試されるんだろうな〜って思いました



例えば、コップに水が入っているとします

飲んでいったら、半分になりました

その時に、「もう半分になってしまった」と思うか、「まだ半分ある」と思えるかどうか

ちょっとのモノの見方の差なのですけれど、両者の差は大きく、その後、雲泥の差がついてきます


モノの見方、感じ方、受け止め方が全てです

自分の世界がどう見えるか?一人一人、きっと、全て違います


「コップの水がまだ半分もある」と思える人は、そこから水の量を増やして行ける人です

まだ半分もある、じゃあそこから増やしていこう、と思えて、行動できれば、増えるんだなって分かると、全部自分なんだな、って気付いて、どんどん増やしていけます

モノの見方、感じ方、受け止め方が、自分自身がいい感じでいるだけで、周りも気分よくいられて、物事がうまく流れるようになります

水を分けてあげたりしても、相手は分けてもらった感謝から倍にお返しをいただいたりして、水をあげる前よりも、もっと増えます

そんなものですね

自分のこころの在り方で、結果が変わる、と気づくと、目に見えないものにも感謝の念が湧いてきます

それには、うまくいかなかった時のこころの状態と状況があるからこそ、こころが変わった時こうも違うのか、と気づくことが出来ます

だから、うまくいかなった経験も、みんなみんな大切です


ところで、わたしは、その方が『感謝できる人かどうか』で、こころの状態が少しだけ分かるような気がします

コップの水があふれている方は、なんにでも感謝できるんですよね

逆に、失われるもの、足りないもの、無くしたものばかりに目が行ってしまう方は、自分が恵まれており、周りに感謝すべきことが沢山あるにも関わらず、そのことに気付けません

モノの見方、感じ方、受け止め方が変わるだけで、自分の世界が逆転しはじめます

罪悪感、欠乏感、不平不満からは、同じようなものを生むし、逆に充実感、満足感、至福感からは、同じようなものを呼びます

物事って磁石、なんですよね

「類は友を呼ぶ」は同じような人間同士が集まってくる、という意味ですし、「泣きっ面に蜂」は泣きたくなるような不運な出来事があって泣いていると、もっと不運を呼んでしまう状況を言いますね

古人は生きていくうえでの素晴らしい気付きを、ことわざや慣用句にしてくれていますね

変な人、好まない人が寄ってくる場合は、自分の在り方を振り返った方がいいと思いますし、不運なことが起きた時、何かのせいにしていないか?自暴自棄になっていないか?自身を内観する必要があるように思います

わたし自身のことを振り返ってみても、自分のこころの状態から、好まない方を磁石のように引き寄せてしまうと実感しています



全て、すべてすべて、自分自身次第なんです

そのことに気付けた方は、一生成長できます

コーチングしていくと、山登りをするときのように、どんどん、見える世界が広がって、見晴らしがよくなってきます

そうすると、自分の気にしていたことが、今までより少し高い位置から見えて、自分はなにを気にしていたのだろう?と客観的に見れるようにもなってきます

見える視点の高さが上がってきますから、全体が眺められるようになり、自分以外の方の感じていることにも気付けるようになります


自分で、自分のしていることに気付けないと、変化は起こせないんですね

無意識でやっていた行動、思考癖を、まずは気付くことからです

モノの見方、感じ方、受け止め方も、みんな、癖です

癖なだけなので、変えたければ、変えられます


おもかる石も、おそらく、コーチングをする前と、した後では、重さが違く感じるんだろうな、と思います

願いが、「叶えられたらいいな」から「叶える」「やりたいからやる」に変わった時、どんなことでも叶えられるようになります

主体的に生きられることで、望むことが叶えられるようになります








2017/08/28 物事に抗わない  
先週、上の階の方がお引っ越ししまして、それに伴って改修工事が始まっています

今日はお風呂場の上あたりで作業しているらしく、ドリルやトンカチの音などすごい騒音です

おまけに、家のベランダのすぐ脇でも作業しているらしく、知らない男性の声が聴こえるので非常に気味が悪いです笑

アパート暮らしというものは、結婚前以来かもしれません、ずっとマンション住まいでしたので、こんなに壁が薄くて響くのだ、ということに改めて驚きです


午前中、最初は我慢していたのですが、我慢の限界が来まして、まず、ステレオを掛けました

大音量です

でも、やはりステレオの音楽とは別に工事音が漏れてきて、不快です

次に「イヤホンなら音をシャットアウトしていいな」と思いつきまして、ステレオの曲を5曲くらい聴いた後、iphoneをいじってみました

初めてのApple Musicです

分からないながらもなにかJ-POPのMIXをダウンロードできました

いままで必要ないかなと思ってたんですが、こんなタイミングで使うとは思ってませんでしたね

使ってみたかったのですが、操作が分からず面倒くさかったので、やってませんでした

これから使えるようになるのでよかったです

ここで気付いたのですが、Appleさんは、工事業者とタッグを組むと、もっと売り上げが上がるかもしれませんね笑

作業行程表をいただいて、作業内容によっては、カフェにでも避難することも必要かもしれません


工事がうるさい!なんとかしろ!と、大家さんに文句を言っても仕方のないことですしね

 

物事に抗っても仕方がないと思っています

抗った時、そのエネルギーが「その物事」に費やされます

エネルギーが費やされても、改善される内容であればそれもいいかもしれません

動かしようのない巨大な岩石でも、一生懸命立ち向かいますか?って話ですね


ちょうどよい例として、例えば最近、隣人トラブルでの殺人未遂事件がありましたね

風鈴がうるさいので、苦情を申し入れたところ、風鈴の数が逆に増えていって、おまけに鯖の味噌煮を投げ込まれたり、卵をぶつけられたり、最終的には車で隣人に3度もぶつかって、仕舞いにはひき逃げ事件にまで発展した例の事件です

あの事件なんかを拝見して、、、「関わらないのが一番なのになぁ」と思いました


モンスターに抗った時、モンスターの現実に、巻き込まれます

モンスターの世界ですから、モンスターは自分がおかしいと思っていないので、決して引き下がらないですから、ずんずん深みにはまるのです

向こうの土俵に引き込まれます

おそらく、加害者は「風鈴を飾って何が悪い」と思っていたのでしょう

風鈴を飾る自由を奪われた加害者は、被害者意識でいますから、守りに入ります

もちろん、風鈴を増やすなんて、やることがおかしいですけどね笑

どっちが悪い?の話になってしまい、対応を間違えると、お互いが被害者意識になり「卵が先か、鶏が先か」的なことになってしまいます

それで、あのような最終結末になってしまったのだと思います



【物事に抗わないこと】っていろんな意味においてすごく大事だと思います

何かが起きた時、物事や他人を変えようとするのではなくて、自分はどうするか?自分の中で行動できること、自分が変えられることはないか?問うて、いつでも自分でやれることをやるしかないのですね

常に、常に、ただただそれだけです

起きた出来事に対し、相手や環境を変えようとしたり、なにかに立ち向かおうとするから、非常に無駄な力を要するのです

無駄な力を要した上に、問題が肥大化するのです

こちらのパワーも問題に加担することになり、問題を増幅させるのです

問題の火に油を注ぐことになります

「抗わない」センスというか、感覚を覚えると、ゆる〜くうまくいくようになります

 

 

抗うことは、同じ土俵に立つということになりますから、同レベルに引き落とされるということですね

 

おかしな方とは、まずは並ばないことですね

 


隣人トラブル殺人未遂事件の加害者のような方が、もしわたしのご近所さんだったらどうするか、と考えてみました

まずは、なるべく、おかしな人とは関わらないようにすると思います

隠れて静観して、証拠写真、確証事項だけ集めていって、専門家に相談するかもです

なにか犯罪になりそうなことをあえて誘引させるのもありかな??

いずれどこかの時点で、おかしくなってきたら、菓子折りでも持ってお願いに行くかもしれません

お引っ越しできればお引っ越しもありでしょうけれど、ローンが残っていたり、色々事情があれば、難しいでしょうしね


ところで、あのニュースを一部始終見ていて、お母さんよりも娘がモンスターじゃないかと思いました

母が、娘に命令されているシーンがありました

母より娘が狂暴化しているように思えました

まず家庭の中が歪んでいたのだろうと思います

一番の加害者はあの娘さんじゃないかなと思いましたので、娘さんが逮捕されなかったことが、今後も騒動が引きずってしまうのではないかと、ちょっと心配しています



ブログを書いているうちに騒音が静まりました

あ〜静かって素敵です♪笑

今回のうちの騒音は一時休憩だとは思いますけど、抗わないで、自分のやれることをやって、自分の内側を改善していると、知らないうちに勝手に問題が消えてなくなる、不思議なことも経験したりするようになります

それは、自分の中の問題・課題を乗り越えたしるしなんですよね








2017/08/27 共感は、同意することではありません  
昨夜は飲んで帰ったのですが、久しぶりにすごく涼しい夜でした

今日も日差しはあるけどカラッとしているのか、だいぶ暑さも和らいできましたね

なんか初秋に入ってきて幾分過ごしやすいのですが、少し寂しい気もします

暑ければ暑いと騒ぐし、秋に入ったら寂しいなんて、人間って勝手でわがままなものですね



人間って勝手なんですよね、基本的に

自分の視点でしかものが見えにくいものです

それは誰を責めるわけでもなく、誰が悪いわけでもなくて、そうなってしまうもの、基本的にそういうもの、なんだろうと思います


相手に対し、「なんでこうしないんだろう?」「なんでこうしてくれないんだろう?」という思いが出た時は、まず100%自分のモノの見方でしか見ていません


例えば、子供さんがいらっしゃるお母さんが、子供にはチョコレートを食べさせないけれど、義理の祖父母が勝手にチョコレートを食べさせてしまう場合とか、よくありがちですね

何故、「食べさせないでください」と伝えているのに、分かってくれないんだろう?なんて思う時、相手は、「可愛い孫に甘くて美味しいチョコレートをたまには食べさせてあげて喜ばせたい」と思っているわけですね

相手、この場合でいうとおじいちゃんおばあちゃんですが、思いの先は「喜ばせたい」なんですね

自分自身の考えだけで凝り固まってしまうと、「チョコレートを食べさせないのが絶対正しい」になってしまい、食べさせることが悪になってしまうと思うのです

でも、よくよく考えていただければ分かると思いますが、親は子供を育てる義務はありますが、親だけが支配できるものでもないですよね

いろんな方がその子に関わり、皆で育てるからこそ、子供は豊かな情緒が育まれると思います

親が子供にどんな躾をしたり、なにをやってもいいか、となると、虐待ですらまかり通ってしまうことになります

チョコレートアレルギーがあるなら別ですけどね

命に危険があるならそれは食べさせない方がいい、と当然なると思いますけど

普通はちょっとくらい食べさせても、死にませんしね

自分の目から見て一見いいことと思えることも、他者の目から見たら、なぜそうさせるか?と思われたり、かわいそうに見える、というようなことも往々にしてあるんですよね

物事のいい悪いではなく、相手のいい思いを汲んだ時、たまにはいいか、と思えると思います

うちの子、孫を、可愛いと思ってくれてるんだな、と相手の気持ちを思い計らうことが出来たら、「たまににしておいてくださいね」「ありがとうございます」という風に言えるようになるんだと思います

チョコレートを禁止されて育った子は、親に隠れてチョコをドカ食いするようにもなったりもあるようですので、禁止しすぎる、ということも、子供が嘘を付くとか、隠れて禁止されたことをする、という風にもなりやすいんだと思います



「絶対こうでしょう!」「こうするべき!」と頑なに自分自身の思いにこだわってしまうと、他人と衝突しがちになりますね

衝突すると、何事をするにも障害が出やすく、自分の思ったように物事が運びません

なので、自分の思いを通したかったら、相手の思いも感じてみたり、全体から見てみて、他の考えも受け入れてみることが、結局は「自分自身のため」になるんですよね

自分だけの視点から越えて、相手の視点、または全体の視点から見て、どうすればよいか、感じることが出来た時、するすると物事が運ぶようになりますね

自分が思いがあるように、他人も同じように思いがあって、皆自分の思いで生きている、と分かれば、相手の視点からどう見えるだろう?どう考えているんだろう?ということも推し量れると思います

要するに共感能力ですね

共感は、同意することではありません

共感と同意は似ていますが、似て非なるものですね

「そうか、自分はこう考えるけれども、この人は、こう考えるのか、なるほど」と自分の考えはありながらも、固執せず、相手から見える考え方にも共感できたとき、関係性が変わります

片一方が、頑として受け入れなかったからこそ、相手も同じように固くなっていく、、、ということがありますので、まずは自分から考えや意識が変わると、相手も変わり始めます

そうして、少しずつ、分かり合う、ということが出来ます

自分が変わることで、確実に相手も変わっていきます

相手を変えたいなら、まずは自分から、しか根本的にはありません



沢山の方が自分の枠を越えて、相手にも思いを馳せられるようになったら、思いやり合える、今より優しい世の中になると思うんです

優しい世の中のほうが、よくないですか?

わたしは沢山の方が幸せで、イキイキとして、優しく生きていただいたら、日本はもっともっとすごくよくなるだろうな〜って思うんですよね

お金がないと生きていけない、と考えがちですが、お金至上主義ではなくて、助け合える世の中であれば、実際問題人は生きていけますよね

依存はいけないですけどね・・・なので、生活保護を悪用してもらおうと思ってる人などは、厳重に処罰されるべきだと思いますけど

世の中のみんながみんな、変わることは難しいだろうと思ってるんです

悪も、無くならないと思っています


なので、まずは、わたしは、わたしの周りから、同じ意識で生きていこうと思われる方々と、助け合う世の中を作っていきたいです

そういう意味でも、わたしはコーチとしてお役に立てるようなっていきたいです

わたしと関わってくださった方、クライアントさんは、みんな同士です

わたしが生きている間は、一生、なにかしら関わり合って、助け合って、寄り添って生きていきたいです












2017/08/24 「歳を取ったら衰える」は思い込みです  
本日、外はものすごい暑さに見舞われております


午前中、美術館に出展する作品の撮影のために、知り合いのカメラマンさんに来ていただきました

いろんな話の中で、「日常的に運動しているか?」という話になりましたら、カメラマンさんはストレッチをされている、ということでした

お仕事ですごく体力を使うそうなんですね

「カメラワークで瞬間を撮影する際にピントが合ってないといけないので、目もすごく大事やから、老眼にならないように目の運動もしてますよ」って仰ってました

視力が0.4〜0.5で、微妙にメガネをかけないと運転は出来なかったそうなんですが、最近になって、視力を測ってもらったら、初めて運転でメガネを使わなくてもいいと言われたそうなんですね

一年以上も前から目のストレッチもしているそうです

それを聴いて「なるほど〜」と思いました

「「歳を取ったら衰える」って、「思い込み」だと思うんですよ」って話したんですね、そしたら「たしかに〜」ってことでした

今朝から、今日のブログネタはこれ、と思ってたことだったので、非常にタイムリーな話題でした



実際、わたし自身も【「歳を取ったら衰える」は「思いこみ」】を身体で実感してます

いま、髪の毛が、わたしの人生で一番長く伸ばしてまして、もう胸のあたりまで長さがあります

わたしは癖毛で、細い毛、猫っ毛なので、雨の日は広がるし、幼い頃からすごく悩みの種だったのですが、いまはすごく扱いやすいです

というのも、2か月おき位に美容院に行って、トリートメントをしてもらってますし、日常的にもシャンプーとトリートメントでケアしたり、ドライヤーもヘアアイロンも、髪にいい物に変えました

そうしてきて、ほんとにお手入れ次第で髪も応えてくれるんだな、っていまは実感ですね

髪はお顔の額縁なので、髪のツヤって非常に大事ですし、気持ちも昔とは全然違いますね

お顔も、最近、美顔器使ったり、リフトアップターバンを使ったりしてるのですが、始めた時から写真をずっと撮ってきてみて、あきらかに変わっているのを感じましたよ


たしかに、歳を取ってくれば、衰えというものは当然ありますね

それは致し方ないとは思うのですが、それをただ「仕方のないこと」と、受け入れてしまったら、衰えるんだと思います

なにもしなかったら、そりゃ衰えますよ、って話だと思います

「衰えないように綺麗に保とう」と思うことで、それはいくらでも阻止出来るし、以前よりももっとよくなれるものだと思うのです


わたしは幼い頃結構病弱で、すぐ風邪ひくし、虚弱体質みたいな感じだったのですが、今思えば「気」の状態が良くなかったんだろうなとは思うのです

なので、幼い頃や若い頃より、断然今の方が、健康だし元気なんですよ

「若い頃に戻りたい」とか「若いときはよかった」とか話はよく聴きますが、わたしはいろんな意味で今の方が断然いいですね

いつでも、今、この時が一番いいって思えるようになったと思います



「もう歳だし・・・」とか「もう若くないんだから・・・」とかいう言葉を言っているのをたまに聞いたり、浴びせられたりするのですが、わたしはその言葉はとっても嫌いですので、わたしがそう言う言葉を浴びせられたら言葉で打ち消します

そう思ったらそうなるし、歳を取ったことを悲観的に捉えるからもっと歳を取るんだと思うんですね

このことを、ただの精神論だ、と仰るなら、それでもかまいません

けれども、間違いなく、こころが歳を取って、あきらめになってるから、見た目もガタが来るんだと思うんですよ

ただめんどくさいからとか、結果が出るかもわからないのにお金かけたくないとか、理由は様々あると思いますが、結局やりたくないがため、やらないための言い訳にしか過ぎないんじゃないかな〜という風にわたし自身は感じてます

だって、手入れすれば、応えてくれるのは、実証されてますもん

間違いないですよ


大事なことは【何を意識するか】かな、と思っています

なにをみているか?焦点はどこに合っているか?

「段々歳を取っていく」「若さは失われていく」と思えばそこに焦点が合っているのでそうなると思います

逆に、「日常が楽しい!」「お出かけするのがワクワクする」「人と会うことで刺激を受ける」と思ってれば、焦点が「楽しい」「ワクワク」「好奇心」に向いていますから、そうなります

だから、身体の細胞もイキイキしてどんどん活性化するんだろうと思うんですね


先日TVでB'zの稲葉浩志さんのお母さんが出てましたけど、すごくお美しくて、御年79歳だそうですが、全然見えなくてびっくりしました

化粧品屋さんを営んでいるそうですが、ファンの聖地になっていて、毎日沢山のファンがやってくるそうですが、「はい、B'z」って言って笑わせて、記念写真を撮影するそうです

もともとお美しい方なんでしょうけれども、日々、生きがいがあるから違うんだろうな〜ってすごく思いましたね


環境のせい、歳のせい、他人のせいなど、自分以外のもののせいにしたくなる心理はあります

けど、100%自分です

自分が思ってる通りの自分になってるんです

そのことを受け入れた時、自分がよくなるように行動した時、現実は変わるんですよね

何かのせいにして人生を終えるか、全部自分と受け入れ、前向きに生きるか、双方の生き方は、天と地ほど結果が変わってくると思います

2017/08/23 「自分」を大切にすること  
上の階がすごい勢いでうるさいです

どうやらお引越し、みたいです

このような状況の中、ブログを書いてみたいと思います

爪が伸びたのか、キーボードのミスタッチが多いです

指が長く見えるので、いつも爪は長めにキープしてるんですね

そろそろお手入れしないと、です


わたしは今から7年前に、約一年間コーチングを受けて、自身の内部がすごく変わりました

自信のなかった自分が、自信を持てるようになってきました

コーチングして、「完全にこころが出来上がりました!ハイ、終わりです!」

・・・てことは一切なくて、ですね・・・(^^;

こころの世界って、どこまでも一生学びなんだと思います

自信も、少しずーつ少しずーつ、深まっているような感じです

「セルフコーチング」というものが身に付くので、一生自分自身を高めていけるんですね

人生は、一生成長、一生学びです


まず、それまでのわたしと何が変わったか?というと、他人にぶらされなくなりました

「自分軸」と言いますが、揺らがない自分自身の軸が出来たんですね

自分軸の土台は「過去の自分の経験」だと思います

コーチングの中で、カリキュラムがありまして、過去の自分、これまで経験してきたこと、その時々の過去の自分を、いまの自分が、改めて見つめ直します

過去の出来事は、今自分がそうなる必要があったという因果関係を理解すると、自分が感じていた見方、感じ方と変わって、「全部意味があったのだ」と思えるようになり、土台が強固になるんだと思います

ですから、その土台に生えている、自分という植物の、芽、幹が、安定します

土台を否定しなくなるから、これでいいんだ、と思える自分でまっすぐ成長できる、という、、、

そんな感じですが、伝わりますでしょうか?


他人にぶらされなくなった、というのは「いつでも常に自分の価値基準にあった選択ができているかどうか?」だと思います


選択にも色々ありますが、どんなことでも、自分が何かを得るために、選択しているんですよね

例えばですが、、、

家族が、自分に「ああしなさい」「こうしなさい」とうるさいので、家族の言ってくることを選択したとします

その時に得たいもの、選択している基準は「うるさく言われないようになること」ですね

選択した先のことは、自分が望まないこと、だったとしてもですよ、自分自身は「うるさく言われないようになること」を選んでいて、それを実際得ているはずなんです

一瞬静かになっただけだったとしても、それを選択しているんですね

または、自分よりも、家族の思いを優先しているのかもしれません

とにかく、見ている、選んでいる先が「そこ」ってことです


または、あんまり好きじゃない人ないんだけど、この人と付き合っているとなんとなく得するから、とか、仕事をもらえるから、、なんて理由で付き合っている場合なんかもそうですね

「得したい」「お金を得たい」という欲から、付き合っているのですから、この人好きじゃない、気持ち悪い、と思ってても、得やお金を優先しているんですよね

権力に笠着せてる、悪代官みたいな、気持ち悪い人といることを選んでいるのは自分です

そうして、自分の本当の気持ち、こころを売っていってしまうから、「幸せ」は遠ざかってしまうんですね・・・

さらに、そういう人の気持ち悪〜い波動もいただいて、自分自身もなにか欲にまみれた薄汚いオーラになっていくわけです・・・

付き合っている人と、どことなく雰囲気も似てくるんですよね・・・


わたしもそんな経験が全部ありますから、人のことは言えないんですよ(^^;


でも、そうした経験を通して、これじゃだめだ、と実感し、「自分の本当に望むことは何なのか?」心の声を聴いて選択し、行動できるようになったら、幸せ感が全く違います

誰にも邪魔されない人生、というものを謳歌しています

不思議なもので、自分のこころの声を聴いて選択し、行動するようになってから、不思議な奇跡が起こるようになりましたし、なんか一見よくない出来事に思えても、最終的に物事が結局いい感じでまとまるんですね

流れがいいな、っていうのをすごく実感してます

「あーそういう風に最終的になるために、その過程で自分の内面に気付かせてもらうために、起きた出来事だったのだ」とあとからわかる感じです

なるほど!ってね

この世は本当に不思議で、ほんとうの意味でその人がよくなるようになっています

愛にあふれているな〜って思います


自分を大切にすること、って、「自分自身のほんとうのこころの声を聴いて選択し、行動すること」です

誰の人生でもなく、自分の人生、なんですよね

周りがこういうから仕方ないだとか、親を喜ばせたいから自分の選択を親の望み通りする、とか、一切関係ないんですね

自分がほんとうに望むこと、したいことをしていった先に、本当の意味で周りを喜ばせることのできる人になれるし、親も喜ぶ人になれます

誰かの選択を受け入れることが、素晴らしいことではないですね


まずは自分です

自分がしっかり立って、自立して歩むことで、他の人をも支えることが出来ます

わたしはいま、すっごくしあわせなので、しあわせになりたいなーって思う方がいらっしゃるんでしたら、この感覚を、いくらでも教えてあげたいんですね

お役にたてるのでしたら、惜しみなく、伝えたいです

わたしも以前は「もっとしあわせになりたい」、って思って、自分がどうやったらよくなれるのか?を愚直にやってきて、いまそうなれているのです・・

ですから、もし本気で望むのでしたら、誰でもそうなれると思います

そうなれてる自分がすごいとか、いいでしょう?って自慢したいとか、そんなことを言いたいのではありません

ただ単に、しあわせを感じられる人が増えたら、HAPPYな世の中になるだろうし、優しい、素敵な世の中になるだろうな、って思ってるから、だけなんですね

単純発想です


とにかく、人生をよくするためには、自分のこころを見つめて、自分に気付き、変えていくしかないんですね

自分のこころの内面に比例して、外面(現実面)に起こる世界が時間差でよくなっていくのは、不思議ですが、真実です

そう聴いて、想像し、考えてみても、全然分からないと思いますし、何言ってんのかな?って思われるのかもしれません

体験が全てです

このコーチングは「自分のおもいのまま生きられるようになり、人生うまくいくようになる」コーチングです

自分にとっての成功は、自分自身の中にしかないんです

それを引き出していきます






2017/08/22 開き直ること  
本日は、コバエがうるさいです

すごくわたしは好かれているみたいです笑

腕などに寄ってくるので、容赦なくパチって叩くのですが、ただただ叩かれたわたしの腕が痛いだけで、さっぱりしとめられません

悲しい事実です


いつもわたしのコーチにセッションしていただくときに、一週間の出来事を聞かれて、始まるのですが、自分のお仕事の話から、話していって、そのあとコーチ自身の体験談などもお聞きしています

「僕もいままでに3〜4回は「もうだめだ」と思うようなことがあったけど、どうにかなっちゃうんですよね」といつも仰ってて、そんなもんなのかな〜ととても勇気づけられています

この「どうにかなっちゃう時」っていうのは「開き直った時」らしいんです

あきらめ、でしょうかね〜


開き直りって、ふてくされて、他人に対し開き直るのとは、訳が違っていて、この場合の開き直りは、自分のことについての開き直りについて言っています

 

開き直りって、一見投げやりに聞こえるかもですが、すごく前向きなことなんじゃないのかな、って思うんです

【どんなことであっても、全部を受け入れること】、なんだろうなと思うんです


「もうなんとでもなれ!」と思う時って、やることはやってても、結果が出てない時だと思うんですよね

やることはやってるんだったら、あとは、運を天に任せる、じゃないですけど、信じるだけ、ということなんでしょうね〜

そのときにあきらめる、というか、「こうしたい」「こうなったらいいな」などを捨てる、手放すことなのかなと思ったんです

そう考えると、「こうなりたい」ということが、結果に対する執着になってるのかもしれないなあと思いました

「仕事が上手く行けばいい」「お金がもっと入ったらいい」とこころが思ってしまって、そのことに、きっと、とらわれ、しがみついてるんですかね〜


自転車を乗る時って、何かにつかまってたらスムーズに進まないですもんね笑

例えるなら、そんな感じなのかも?と思いました

スケートだって、怖い怖いいうて、手すりにつかまってたら、すいすい滑れないです

もしかしたら「開き直ること」ってそんなことに似ているのかな〜?なーんて思いました

日頃から、目に見えない流れに乗ることがすごく大事だとわかってはいるんですが、怖い怖いとしがみついて流れを止めてるのは、ほかでもない「自分」なんですね

わかってはいるんですが、、、しがみつきたくなりますね


慣れていないんだから・・・たまにしがみついても、いいですよね〜?笑

「開き直らなきゃ」「開き直らなきゃ」って思ってしまったら、今度は義務になってしまって、違う意味で上手く行かないんだと思います

こころって、難しいですね・・・


手を離す練習は、うまくいくこと、イコール、成功体験から感覚を掴むことしかないんだ、と思うんですね

開き直ってみて、うまくいったら、その感覚を覚える

そして、手を離して、スイスイ流れに乗ることが出来るようになるんですかね

練習が大事かな??

わたしは結構大胆なほうなので、なるべく手を離して流れに乗ってみて、方向修正していけたらいいなあ。。とは思うのですがね


結局、開き直ることって、「決意」、「覚悟」、「受け入れ」なんだろうなあ〜と思いました

ズッデーーーーんって転んでも、しらばっくれて涼しい顔をしているのは得意なので、いっぱい転んでもいいかなとも思います笑

失敗はそこで止めたら失敗ですが、うまくいくための経験でしかないですし、ね

痛くない転び方を習得するのも、大事かなあ。。。笑


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